第12話
6本パック、そのまま冷やしてある。
あたしは違うメーカーのが好きだったから、これは啓専用の為買い置きしてたけど…
「こんなにある……どう消化していけばいいのよ」
ため息をつきながら、とりあえずその中の一本を手に取った。
プルタブを開け、グラスに注ぐことなくあたしはそのまま缶に口を付けた。
悪くはないけど…
と思いながら「とりあえず部屋着、出そう」と寝室に向かい缶ビールを持ったままクローゼットを開けた瞬間…
ふわり
覚えのある香りが漂ってきて、あたしは思わず缶ビールを落とした。
床に落ちた缶ビールはまだ中身が残っていて、みるみるうちにシュワシュワと細かい音を立てて床に広がった。
Fahrenheit
この香りに包まれるとあったかくて、心地良くて幸せで―――
ハンガーラックに掛かった服たちの中、あたしの目に“それ”はすぐ視界に飛び込んできた。
啓の着ていた、白いワイシャツ。
あたしが着るとワンピースになる。
それは一番最初、あたしと啓が深い関係になる初めての夜、彼が着ていたもの―――
震える手でそのワイシャツに手を伸ばす。クリーニングに出して、きっちりノリが利いた襟元。その香りが漂ってくるわけないのに……
と思いつつ、いいえ、あたしが啓の香水から少し失敬してサシェにしてハンガーラックに吊るしていたから。
だからここは啓の香りで溢れている。
あたしはワイシャツを乱暴に掴み取り、床に投げつけ―――たい気持ちになった。
けれど、そうしなかった。
できなかった。
あたしはきゅっとそのワイシャツを抱きしめ、
「何で……」
小さく呟いた。言葉を出すと同時にまたも涙が出てきた。
「何で」
あたしは再び呟きながら、そのまま崩れるように床に膝を付きワイシャツを抱えて蹲った。
「何で」
香りだけ残して、あなたはあたしの前から消えたの―――
ずっと傍に居るって言った。
どうしてなの―――
どうして、
傍にいてくれないの。
啓―――
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