勇者の弟に生まれた俺は

杉山

勇者のその後

第1話 プロローグ

「やっぱりここにいた」

 心地いい夜の風にのって、子供をなだめるような優しい声が聞こえてきた。振り返らずとも誰だかわかる、よく聞いた声だ。

「兄さん……」

「また彼らになにかされたのかい」

 兄のローニィはそのまま歩み寄り隣に腰掛けた。僕はそんな兄にも目もくれず、俯いたまま地面を見つめていた。

「別に何もされてないよ」

 強がって言ってみせたが、それが去勢であることなど兄にはお見通しなことだろう。

 気分が沈んでいなければこんな村はずれの丘になど来ていない。本来ならとっくに家に帰っている時間だ。

 丘の下に見える何十にも重なった半透明の球体。昔からこれを見ると心が落ち着くのだ。それはここに訪れる目的でもあった。

 顔を上げるとローニィの笑顔が目に入った。血の繋がりのある自分とは似ても似つかない端正な顔立ち。そして銀色の髪は月光に照らされ薄く輝いていた。

 僕はその精悍さに当てられまた話してしまうのだ。本当に兄には敵わない。

「みんな僕のことを無能だっていうんだ。兄さんと違って、剣の才もましてや魔法の才だってない。技能オリジナリィだって……」

「能力なんてものは他人と比べるものではないよ、リセリィ」

 ローニィは遮るようにそう言った。温和な兄には似合わない力強い声だ。

 彼は夜空を見上げ続ける。

「剣や魔法なんてものは努力次第でどうにかなるものだよ。俺は少し覚えるのが早かっただけさ。むしろ技能オリジナリィに関しては、君には俺以上のポテンシャルがある。いつかきっと君を助けてくれるよ」

「勇者様を超えるなんて烏滸がまし過ぎるよ」

 彼はいつも励ましてくれるが、こればっかりは信用できなかった。

 この世に蔓延る魔獣を殲滅し、そしてその長たる魔王を討伐する。それができるのはこの世でただ一人、技能オリジナリィ『ユウ者』を持つもの。つまりローニィである。

 これまで魔王軍の侵攻を退けてきたのは歴代勇者だ。これは幼子でも知っている常識である。そしてこの時代ではその役目はローニィが果たしてくれることだろう。 

 それ以上に魔王を打ち倒してくれるに違いない。

 その頃、弟の僕はこの村で兄の凱旋を待っている。そんな未来は簡単に思い描けるものだ。

「でも君は僕と一緒に旅してくれるんだろう?」

 少し驚きローニィの方を見る。兄は笑顔のままだったが、大人びた表情の中には無邪気さも垣間見えた。

 兄さんはあの約束を……。

「さて帰ろうか、リセリィ。母さんたちが心配してるよ」

 ローニィは静かに微笑む。そしてそそくさと立ち上がり、家の方角に向かって歩き出した。

 呆気に取られた僕は、急いでそのあとを追いかける。

「待ってよ、兄さん」

 懐かしい少年時代の話。まだローニィが僕の兄だったときの話。

 その後、数日足らずで兄は村から出て行ってしまった。

 兄は僕だけの兄ではなく、世界のものとなってしまったのだ。

 次に兄の顔を見るのは五年の月日が流れてからである。そのときには僕は剣などとうに握っていなかった。

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