姫なんかじゃない

第8話

■姫なんかじゃない



私と宝田さんは二人一緒にエレベーターに乗り込んだ。一階ロビーに到着するまで宝田さんの同期っぽい女性社員が乗り込んできて、エレベーター内が一気にキャイキャイワイワイ、ピンクのオーラに包まれた。



「ねぇさっき雨降ってきたよ」と誰からともなく声が挙がり


「えー、嘘~私傘持ってきてない」



と彼女たちが次々と口にする。



またも誰かが「せっかく彼氏に買って貰ったバッグが濡れちゃう」と言い出し、それでもちっとも困った様子ではなく、どこか誇らし気だ。



そしてその周りの女子たちが盛んに羨ましがる。



「いいなー、でもあたし今度の誕生日にダイヤの指輪ねだっちゃうんだー」と一人の女の子。



「いいなー!」黄色い声に、私は苦笑いを浮かべるしかない。ここでの男の年収と、女の品格は反比例する。いかにいい服を着るか、いかにいいバッグを持つか、いかにいい男を彼氏にするか、年中こんな会話でうんざりする。この感覚…敦美が婚活の話を語るときとちょっと似てる。まぁ敦美は友達だし軽い愚痴しか言わないから耐えられるけれど。



かと言って輪に加わらないわけにはいかない。仕事とプライベートの内容こそ比例するのだ。話しかけられたら返す、



「先輩てぇ、結婚しないんですかぁ」間延びした話し方が赦されるのはこの年代の特権だ。



皆、何で結婚、結婚、結婚と言う話になるのだろう。結婚以外にもキャリアを積みたいから、と言う理由で会社に居てはだめなのだろうか。



「結婚ね……相手がいないから」私は適当にごまかして再び言葉を濁した。



こう言っておけば大抵の女は引き下がる。私が長い間、人付き合いをしてきて、これが最良の方法だと知ったのはつい最近のこと。



私がこの会社に勤めはじめて七年になる。この会社での女性正社員では長いほうだ。後から派遣された若い女の子たちから見れば私なんてお局のようだった。



はぁ



知られない程度に小さく口の中でため息をためる。



何となく流れでそのままの群れでロビーの出入口を出ると、遠くで僅かな雨の音に交じって派手なエンジン音が聞こえてきて、目の前の大通りへと近づいてきた。この聞き慣れたエンジン音。私は嫌な予感がして思わずその音がする方へと目を向けた。






「よーう、仁科にしな





黒の高級外車の窓から腕を出し、銜えタバコをしながら九条が手を振っている。



「やっぱり」



私は、今度こそ頭痛をこらえるように頭をしっかりと押さえた。



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