第20話
振り向かなくても分かる。
塩原はきっと私の姿が視界から消えるまで手を振っていることだろう。
私はスーツのジャケットの襟をきゅっと握りながら、速足でアパートまでの道を急いだ。
塩原に言われた通り、着いてすぐにメールを送った。
”家に帰ったよ。今日は色々ありがと”
実は着いてすぐ、ってわけじゃなかった。散々悩んだ末、おざなりで素っ気ない一文になった。
塩原のレスポンスは早かった。
”おー!良かった!体、気を付けろよ”
「てか返信早っ」
スマホを持ったまま、口元に淡い笑みが浮かんだのが分かった。
私は―――
嬉しかったのだろうか。
よく分からない。分からないけれど、さっきは言いようのない不安と寒気に襲われて、わけも分からない恐怖に駆り立てられた……けれど今は―――
塩原のメールに安心を覚えた。
”おやすみ、塩原も気を付けてね”
無意味なメールのラリーは好きじゃない。
あっさりと終わらせようとすると
”おー、ゆっくり休めよ。おやすみ”とまたもすぐに返事が返ってきて
くすっ
私の喉元から小さな笑みが発せられた。
その夜、実は飲み足らなかった私はシャワー後、缶ビールを二本、それからウィスキーのロックを三杯程飲んで、ほろ酔い加減でベッドに入った。
呆気ない程簡単に眠りに入ったと思う。
―――……と思う、と言うのは、次に目が覚めたとき、真っ暗で少し寒気を覚えたとき…時間が何時を指しているのか分からなかった。確か冷房は寝る前に消した筈なのに……
トイレに行きたかったわけじゃない。
ただ―――目が覚めた。
枕元に置いてあるスマホを手繰り寄せ、ロックを解除するとデジタル時計は夜中の1時を指していた。
「また、一時……」
我知らず、口に出ていた。
嫌な
時間だった。
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