久吉実音の一週間
@Shioo
7日目 プロローグ
暗闇は意識を落とし無思考の世界を築き上げる。
その世界には何もない。自分がどこにいるのかも、どこにいようとも、何もない。考えなくても傷つかず、考えようとしても消えゆく、何もない世界。
自由に動けない代わりに、何もせずとも生きていける。
非現実的だが合理的、寂しいが安堵する。悲しいけれど理想的だ。
――けれど。
なぜ、人の眼があるのだろう。なぜ、こちらを見るのだろう。なぜ、近づいてくるのだろう。なぜ、手が伸びるのであろう。
なぜ、その手は私の首を絞めつけるのか。
これは夢だ。――とても苦しい。
これは夢だ。――誰か助けて。
これは夢だ。――誰でもいいから。
これは夢だ。――覚めなくちゃ。
これは、夢だ。――いや、覚めたくない。
暗闇が首から顔を覆い、世界が私に牙を向いた。
力強く開く瞼に、力強くシーツを握りしめすぎて血管が浮き出る手。同時に、咄嗟に吸い込んだ息を止める。
自らが置かれている場所を確認し、数秒止めていた息を吐き出した。
締め切られたカーテンのおかげで薄暗いが、ここが自分の部屋であることに安堵と苦しみを抱く。締め切られているが、カーテンから光が漏れている様子を見て夜ではない事を知らせていた。しわくちゃになったシーツを張るベッドで寝返りを打ち、枕元にある桃色の時計を一瞥し掛布団を頭まで被り蹲る。
もうお昼の時間を時計の針は指しており、起きるべき時間は当に過ぎていた。けれど、こうして眠っていられるのは休日だからである。そして、叱ってくる親が不在だからでもあった。
また暗闇の世界へ堕ちようとして瞼を閉じるも、すぐに開く。思い出すのは、暗闇の世界が牙を向けてきたこと。奥歯を噛み締め、ぎゅっと強く瞼を閉じてから重い身体を起こす。掛布団はずり落ち、冷たい空気が侵食し身体を震えた。
ふいと視線を重苦しい身体を支えるよう布団に着いている両手に向ける。そこでシーツが濡れていることに気付き、片手を自らの頬に触れさせた。するとその頬もまた濡れていることに気付く。
溜息を小さく吐き、中途半端に掛かっている布団をずらしベッドからゆっくりと降りる。ふらふらと立ち上がり、部屋のドアを開けて外の世界へ出た。
階段を下りてリビングに入ると、テーブルの上に母からの置手紙が置いてあった。その内容は、「今日は夜遅くなるので何か買って食べてください」というものであり置手紙の下に千円札が置かれてあった。
それを無感情に見つめ、その横にあったリモコンで何気なしにテレビをつけた。
『いよいよ、今日はあの人気急上昇中のイケメン俳優の初舞台です!誰もが彼の演技に見惚れること間違いなし。しかも、この舞台の脚本はイケメン俳優の双子のお兄さんということで、期待がさらに上がります!CMの後は、二人に舞台への意気込みを直撃インタビューしちゃいま』
耳障りな雑音のような声に我慢ならずブチリと電源を消した。
瞼は開いているのに、目の前が真っ暗になっていくような気がする。それはまるで暗闇に引きずりこまれているような感覚で、またあの世界へ連れて行かれるのだろうか。
力なく握られたリモコンが滑り落ち床を叩く。その音すらも遠くで鳴ったような気がした。
私の居場所は、もうどこにもないのか。
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