桜日side
春人が来てくれたあの日を境に、私の体は静かに崩れていった。呼吸もしづらくなり、麻痺が起きてしばらく体を動かせなくなってしまった時もあった。
もう体に力が入らなくなって、車椅子に乗って移動しなければいけなくなった。まるで銃で撃たれたように、私の体調は一気に崩れていった。
あんなにもりもり食べていたご飯も喉を通らなくなり、河北さんもいつもの優しい笑顔じゃなくて、心配いっぱいの顔に変わってしまった。
自分で車椅子を押せなくなってしまったので、近くを歩いていた看護師さんに声をかけ、押してもらっている。
「中庭の桜の木までお願いします」
エレベーターに乗って、二階まで降り少し歩いたら中庭へと繋がるドアが見えてくる。
車椅子は桜の木の下で止まった。
前見た時よりだいぶ蕾が大きくなっていた。先端が桜色のピンクに色づいていた。くんくんと鼻に入ってくる空気の香りを深く吸って確かめたが、なんの香りもしない。
最期くらいは、桜の香りを味わいたかった。そう思うと涙が出でくる。桜の香りは強烈じゃなくて、ふんわり香るもの。神経を研ぎ澄ませて匂わないと分からない。
ぼんやり桜の木を見上げていると、河北さんの声が聞こえた。
「桜日ちゃん!春人くんから電話よ!」
私と車椅子を押してくれた看護師さんは後ろを振り向き、走ってきたのか前髪が割れ鼻が赤くなった河北さんを見る。
すぐ看護師さんは車椅子をドアの方へ向け、強く押しだした。少し歩くと公衆電話がある。軽くかけられている受話器を取って耳に当てた。
「もしもし?」
「あ、もしもしー。桜日?」
「はいはーい、桜日でっせー」
「ごめん!勉強する内容が多すぎて今週には帰れないみたいだ。一週間後には帰れるから!帰ってきた時、すぐに見舞い行くな」
「分かった…。勉強、頑張って」
「おう、ありがとな。じゃあ、切るなー」
「うん」
プツッと電話が切れた。がしゃんと受話器を掛けた。
隣にいた看護師さんに声をかける。
「病室まで、お願いします…」
「はーい」
ゆっくり動く車椅子に乗りながら、さっきの事を考える。
はぁと私らしくないため息が出る。まるで出張ばかりの夫を持つ奥さんみたい。一人で何考えてんだ。一人でぐるぐると考えていると顔がどんどとん熱くなっていくのが分かった。
絶対回復してみせる、そう心に誓って、力が入らない手をぎゅっと握った。
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