第13話
時間は午後8時半。
8時に閉店するこの店の、最後の片付けをしている最中。
約百年ほど前に作られた(であろう)イタリア製のヴァイオリン、価格にして200万と言うところか…売り場の女性スタッフに頼まれてメンテを行った。
正直、何故僕に頼む。と少し面倒な気持ちではあったが、それを押し隠しつつも僕はヴァイオリンを受け取った。
調弦ぐらい……いいか。商品を売るために客の前で弾いてパフォーマンスをすることもあるし。弓の毛替えを終えたばかりなのだろうか、少しばかり松脂の独特な匂いが鼻の下をくぐる。
※毛替えとは、毛に松脂をつけることで弓が弦にひっかかるようにして演奏しているわけで、その毛が弦にすいつかなくなってきたら交換します。
すぐ隣で、僕が顎当てに顎を乗せヴァイオリンを構える姿を、女性スタッフはわくわくと上目遣いでじっと見つめていた。
何、その意味深な視線は。
僕に何か弾いて欲しそうな…ねだるような表情だったが、僕はそれに気付かないふりをして機械的に弓を弦に滑らせる。
最初は解放弦2番線
うん、これは大丈夫だ。
次に
弓で弾いてみると、ヨーロッパ製独特のカラっとした音が店内に響き渡った。
曲に寄ってはこの音も個性的でいいが、普段使いにはあまりおすすめできないな。
一通り弓を引くと、E線の音がいまいち。僅かに狂った不快な音に思わず顔をしかめた。
チューナーで確認するとやはり微妙なラインで針が微動している。ペグ(糸巻き)で微調整をした際に気づいた。ヴァイオリンのスクロール(渦)が稀に見る不思議な形をしていた。天使の頭を象っている。この様な精巧な彫りのスクロールのヴァイオリンは少なく、僕が記憶しているところによるとアンドレア・アマティだったが、アマティがこのしがないアンティークショップの片隅においてある筈がない。あまり知られていないだろうが、ストラディヴァリと匹敵する程の価値だ。
けれど、まさか。
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