第49話 決勝までのカウントダウン

 学園で1番の美少女、ヴィーナス・エレガント。

 俺はスキル『誘惑』を持つ、男子にとっては手強い彼女と、準々決勝で戦っていた。


 そのスキルは恐ろしい。

 彼女がウィンクすれば、男子は完全に発情し、彼女にメロメロになるそうだ。


 で、なんと俺は今、彼女のウィンクを受けてしまった。


「ストロングさん……いえ、ジャック」


 甘い声だ。

 色気というのはまさにこういうこと。最高にエロい。


 唇はツヤツヤで、思わずキスしたくなるほどだ。

 

「この戦いが終わったら、わたくしと一緒にデートにでも行きませんか?」


 またウィンクされた。


 うーん、よくわからない。

 もちろんエレガントに魅力を感じている自分がいるが、それは彼女を見た誰もが思うことだ。男に限らず、女が見てもその美しさには驚くだろう。


 だが、俺はそれ以上の感情を彼女に対して抱かなかった。


 テレビや雑誌で見る美人モデルや女優を見て、あーいいなー、って思う感じ?

 別に心がエレガントで満たされることはない。


 それより、俺の頭の中には今、リリーの姿が思い浮かんでいた。

 あの可愛い笑顔に、先に敗退して去っていった悲しげな背中。なんだか俺は、リリーの笑顔を守りたい──そう思うようになっていた。


 だって俺は……リリーのことが好きだから。


「リリー……」


 小さく呟いた。


 リリーだけじゃない。

 俺と決勝で戦うことを約束したブレイズや、努力家で休日にも訓練しようとするフロスト、アクロバットダンスでは見事な演技を披露した親友のゲイル。


 彼らも一生懸命、勝つために戦っている。


 ここで負けるわけにはいかない。それも、美女にヘラヘラして。


「悪いが、その誘いは断らせてもらう」

 

 そうはっきり言って、俺はすぐさま攻撃を繰り出した。

 氷の剣でエレガントの剣を弾き、剣でのタイマンに持ち込む。

 エレガントは優秀な剣使いだ。


 純粋な剣勝負だけでは勝つ確率は半々。

 だから今度は──。


「フリーズ!」


 氷がエレガントの体に広がり、動きが取れないくらいまで固めた。

 これをされたら、もうここから戦いに持ち込むことはできない。


 俺の勝ちだ。


「さすがですわ……ストロングさん」


 エレガントは潔かった。

 すぐに自分の負けを認め、体を痛めないよう、無理に動かさないようにしている。


「わたくしのウィンクは、もう心を奪われている女性がいる男子には聞きませんの。愛する女性が、あなたにはいるようですね」



 ***



 準々決勝も勝ち進み、準決勝に駒を進めた。


 エレガントとの戦いは、身体的にきついわけじゃなかったが、心が揺さぶられた。

 いくら身体的な戦闘能力が高くとも、精神的に強くなければ負けてしまう。


 だからこそ、今度からは精神のトレーニングにも努めようと思った。


「準々決勝、すべての戦いが終わった。いい風を感じるよ。なんと準決勝に残ったのは全員がエリートクラスの生徒! ジャックくんに、ハロー嬢、ブレイズくんに、ルミナスくんだ」


 ブレイズ、ハローちゃん……ふたりとも勝ち進んできたか。

 ここでフロストやゲイル、そしてリリーが敗退したこと。それは絶対に忘れられない。


 で、ルミナス。


 あの顔色の悪い、闇さえ感じる様子。

 準決勝ではブレイズが相手だ。絶対にあんな最低なやつに負けるな、ブレイズ。


 俺はハローちゃんと戦うことになっている。

 

「ねね、ジャックくん、この戦いであたしが勝ったら、付き合ってくれない?」


 ハローちゃんはどこか自信ありげだった。

 それもそのはず。あの実力者のゲイルを圧倒したらしい。スキル『瞬間移動』はかなり攻略が難しそうだ。


 実際、ゲイルでも攻略できずにやられてしまった。


「俺は──」


「あたし、本気だから。だからジャックくんも本気で来てね」


 ハローちゃんは無理に、笑顔を作ろうとしているように見えた。



 ***



 準決勝開始。

 

 ハローちゃんの動きは素早い。

 気づけば俺の背後にいた。で、黄金の短剣を刺そうとしてくる。


 体をねじることで、攻撃をかわしながらハローちゃんの方に向き直ることに成功した。


「うっ」


 が、またハローちゃんは俺の背後に瞬間移動。速い。

 

 俺の反応力を持ってしても、追いつけないスピードと瞬発力だ。

 ここは──。


「アースクエイク!」


 フィールドが思い切り揺れ始めた。

 観客が見ているのは俺たちふたり。


 どよめきが起こる。


 ハローちゃんの体勢が崩れた。

 これで、瞬間移動しても安定して立つことができない。一方で俺は、自分で起こした地震なので自分だけは普通に立ち、歩くことができる。


 炎の攻撃を繰り出そうと思ったが……さすがにハローちゃんを火傷させるわけにはいかない。

 もちろん、怪我をした生徒はすぐに医務室に運ばれ、養護の先生のスキル『回復』でほとんど回復する。


 が、あんまり痛めつけたくはなかった。


 だからエレガント戦で勝敗を分けた氷を、今回も使った。

 観客は大盛り上がり。今のところ、なんでこのガキはいろんなスキルを使えるんだ、なんてことはほとんどが思っていなさそう。


 あとになって気づくかもしれないが。

 それでも構わない。


「ジャックくん」


 ハローちゃんは悔しいという感情を押し殺して、笑っていた。

 だからか、不完全な笑顔になっている。

 

 頬は固く、目元は緩い。


「わかってるよ、ジャックくんがリリーちゃんのこと、好きだって。今回負けたのは自分にけじめをつけるためだった。ジャックくんが勝つことはわかってたし、リリーちゃんには勝てないなって」


「……」


「リリーちゃんの気持ちに、ちゃんと答えてあげてね」


 俺は何も返せなかった。

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