第33話 ダブルブッキングどころか
緊迫した状況。
俺は今、究極の選択に迫られている。
フロストとの遊びの約束をしたかと思えば、その数分後にはこうしてリリーから「デート」のお誘いを受けている。
本人の口からその言葉が出たわけじゃないが、これは間違いなく「デート」だ。
そして困るのはその返事。
断るわけにはいかない。
とはいえ、フロストとの約束も絶対に守りたい。
もしゲイルが遊びに誘ってきたら、簡単に断ることができるだろう。
もうお互いに親友だし、頼みや誘いを断っても簡単に関係が崩れないし、気まずくもならないからだ。
だが、リリーは違う。
断れば気まずくて顔を合わせにくいし、本人も勇気を振り絞って俺を誘ってくれた。その思いに応えないのは男としてどうかと思う。
頭の中で悩み抜いた結果、俺の出した返事は──。
「もちろん」
この瞬間、俺はフロストとリリーのふたりと、同時に遊ぶことになったわけだ。
で……どうする? フロストもリリーも、俺以外の同行者なんて求めていない。
俺とふたりきりで遊びに行くことを期待しているはずだ。
じゃあ、解決策は時間をずらすことしか考えられない。
「よかった、断られるかと思ってたもん」
リリーはほっとした表情で、俺の手をつかんだ。
不意打ち。
ついつい俺の全身の筋肉の力が抜け落ち、倒れそうになる。
手をつかまれる、握る、ということには慣れたつもりだったのに、数日だけでこんなにも──。
いや、俺はリリーに告白されて、リリーのことを今まで以上に意識し始めたのか?
「チケット、ふたり分買ったんだよ。ジャックくんと一緒に行きたくて」
「そのチケット、エクストリーム劇場の?」
「うん! 1番いい席、14時から。大変だったもん」
14時。
確か、フロストと約束したのは8時から。
よし、これだったら、朝の8時からフロストと時間を共にし、午後1時くらいからリリーと「デート」っていうプランが成立する。
「ありがとう。待ち合わせはどうする? 実は午前中はフロストと遊びの約束をしてて、午後の1時くらいからならいいんだが──」
「もちろん! 1時に、劇場前でいい?」
「わかった」
リリーの握る力がさらに強くなった。
俺を離さない、とでも言うのか。
谷間がきれいに見えるほど近づき、上目遣いで俺を見る。
「先に待ってるね」
!!!
この破壊力が伝わるか?
もしテレビの画面があれば、バキバキに割れていた。
リリーは純粋な女の子だとばかり思っていたが、まさかここまで色気があったとは。
わざと演出してるのか、素でやっているのか。
とりあえず、俺の心臓は発作を起こしてしまわないか不安になるほどバクバクだった。
***
「ジャック! 明日遊びに行こーぜ!」
「ごめん無理だ」
「ガーン! オーマイガー! なんで!?」
「フロストと午前中、リリーと午後に約束がある」
部屋に戻ると、予想通りゲイルに誘われた。
もちろん、秒で断ったが。
簡単に断れる仲はいい。
気を遣う必要もないし、傷つけることもない。
「へぇー、やるじゃん。男にも女にもモテるってか。まあ、おれは、なんと、あのブレイズと遊びに行くことが決定してるわけだから、別に、そんなに、断られたのショックじゃないけどな!」
いや、意外とゲイルも傷ついていた。
「先に約束したから、断れないんだ。それに、ゲイルとはいつでも遊べるだろ?」
「いやいや、明日は特別なんだぜ! 授業も、クラブも、補習も何もない! そんな天国の休みに、大親友と遊ばないつもりなのか!?」
「……確かに」
ゲイルはむっとした顔だ。
腕を組み、わかりやすく怒っている。本気でブチ切れているのとは違うが、それなりにプンプンだった。
「で、おれは考えた。午前中も、午後も予定が詰まってるなら、夜に予定を入れちまえばいいってことよ」
「夜?」
「そうそう、夜にとっておきのサプライズを用意してやるから、夜の8時には、部屋に戻ってきてな」
「サプライズなら、言わない方がよかったんじゃないのか?」
「くっ、いいとこ突いてくるな、実はチートのジャック少年。でも期待しててくれ。おれがその期待を超えるサプライズを用意するから」
ゲイルは上機嫌だった。
***
翌朝。
ついに、ついに、ついにこの日が来た!
ユピテル英才学園の最高の休日。
リリーとの初デートの日でもあり、フロストとの親睦を深めるための日でもある。
で、一応夜にはとっておきのサプライズが待っているらしい。
これ以上に忙しい1日があるか?
「ねね、ジャックくん」
食堂に来て、誰よりも早く話しかけてきたのはハローちゃん。
まさか……。
「今日一緒に遊びに行こうよ」
……。
結局、なんとハローちゃんとの約束も断ることができなかった。
それでどうなったか。
8時から昼の1時まではフロストと、それから午後の5時くらいまではリリーと、6時から8時前まではハローちゃんと、9時にはゲイルのサプライズが待っている。
やれやれ、とも思ったが、同時に嬉しかった。
前世では、誰かにここまで必要とされたり、好きになってもらったりすることがなかった。
今ではいろんな人に認められ、こうして必要とされている。
いいじゃないか。
幸せ者じゃないか。
だが、この日が俺にとって、忘れられない日になるだけでなく、学園の破滅を招く日になることを、このときはまだ知らなかった。
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