第18話 フロスト・ブリザード

 フロスト・ブリザードとは話したことがない。

 ゲイルでも返答をひとこともらえる程度の会話しかできない男。


 ガードが固く、誰も自分の縄張りに入れようとはしない。


 実技試験では俺に続いて高い順位を維持し続けていた。


 さらには昨日掲示された筆記試験の結果でも2位につけていた気がする。


 緊張してきた。

 気まずい沈黙。何を言えばいいのかわからない。


 ごめんね、か?


 すみませんでした、か?


「悪い。不注意だった」


「え?」


 驚き過ぎて言葉が出なかった。

 普通、この状況は俺が謝らないといけない。俺からぶつかったわけだから、当然のことだ。


 それに……ブリザードの声は初めて聞いた。


 思っていたよりも低い声だ。

 小さい声量でも芯がある。


「ジャック・ストロング、ちょうどよかった」


 テストのときは冷たい目で俺を睨んでいるように思っていたが、あれはなんだったんだ?

 俺の勘違いだったのかもしれないと思うほど、今のブリザードの声は優しい。


「ごめん、俺が慌ててたから──」


「気にするな」


 一瞬目が合った。

 相変わらず冷たい。だが、気づいてしまった。


 彼の目を冷たく感じてしまうのは錯覚みたいなもの。

 クールな印象が強く刻まれていることに加え、彼の薄い青色の瞳がその冷たさに拍車をかけている。


「少し時間はあるか? 聞きたいことがある」


 なんとなく予想できた。

 テストでの俺の圧倒的1位のことだ。


 無能と思われていたやる気のないやるが、いきなりテストで圧倒的1位を取ったこと。


「わかった」



 ***



 ゲイルには悪いが、俺たちはブリザードが使っていた机まで来ていた。


 何も言わなかったから、もしかしたらゲイルは今でも俺と本を捜索しているかもしれない。

 だが、そのうち本が見つかれば、俺のことは忘れるだろう。


 ブリザードがため息をついた。


「すまない。誰かと一緒だったのか?」


「あ──いや、ゲイルのことは気にしないでくれ」


 ブリザードがなるほど、とでも言うような感じで頷く。

 俺がいつもゲイルといることはわかっているんだろう。


 それに、ゲイルはたまにブリザードにも話しかけるので、認識はしているはずだ。


「そうか」


「それで、聞きたいことって?」


 顔が一瞬不安で曇る。

 何か聞きにくいことでも聞こうとしているのか?


 確かに、なんで実力を隠してたんだ、とはストレートに聞きづらいか。


 そのことを不思議に思っているクラスメイトがどれだけいるだろう?

 きっと、みんなだ。

 ゲイルやブレイズは俺の実力を最初から知っていたとして、知らなかった人たちはみんな気になっていることだろう。


 だが、もし聞かれても本当のことをすらすら話すわけにはいかない。

 急にやる気になった、とでも言うか。


 いや、それとも学園長に脅されたことを言えばいいのか。


 とにかく、俺は実力を隠していたことに関する質問が来ると予測し、構えていた。


「いつもどれくらい練習しているんだ?」


「え?」


 また別の角度から攻めてきた。

 直接的ではない。


 だが、間接的に実力のことを聞いてはいる。


「出された課題はちゃんとするし、たまに自主練したりもしてる感じかな」


 なるべく自然な感じで言った。


「たまに? たまにの自主練であれほどの力を出しているというのか? ならばぼくは……」


 俺の解答はよくなかったらしい。

 「たまに」の部分が悪かったか。


「たまにとは言っても、練習が好きだから、そんな意識しなくても練習してるっていうか」


「そうなのか?」


「ああ、練習するのが趣味なんだ」


 やる気ありすぎだろ、これは。

 練習が趣味っていうのはさすがに言い過ぎた──。


「よかった」


 ブリザードがほっとしたような顔をして、俺を見た。

 なんだ?

 頬が緩み、張り詰めていた緊張が抜けていく。


 可愛い。


 フロスト・ブリザード。

 こんな爆発的な可愛さを備えていたとは……。


 最初の印象と違い過ぎて、脳の処理能力が追いついてない。


 これがギャップか。


「やはりトップを獲る者は違う。ぼくの努力もまだまだ足りなかったということだ」


「……」


「ぼくは毎日図書館にこもり、こうやって勉強。クラブ活動がある日はそこで最後まで残って実技訓練も重ねている。それなのに、きみはそれを余裕で超えてきた」


「ああ、なるほど」


 この力が女神からもらったチートであることは言えない。

 だが、ブリザードの気持ちを考えると、ここで努力をしていない、とも言えない。逆にめっちゃ努力してる、というのもなんか違う気がする。


「俺は……」


「すごいな、きみは。いつも冷静に物事を見ている。ぼくには到底できない。きみはいつもブレイズからひどいことを言われていたな」


「いや、あれはいろいろあって──」


「あれだけの実力を持ちながら、むきにならずに冷静に受け流すとは」


「え?」


「きみのその瞳の中に絶えず光る炎を感じる。ぼくの冷気でもその炎は消せなかったということだ」


 ブリザードは完全に尊敬リスペクトの目を俺に向けている。


 何か勘違いされているような気もするが──。

 氷の男ブリザードに慕われる? さらに目立つことは間違いない。だが、なんだろう?


 ただの冷たい男だと思っていたフロスト・ブリザード。

 俺はその温かい素顔を知ることができて嬉しく思っていた。

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