第8話 ホームラン

 クラスメイトからかかる熱い視線。

 どうせだめだろっていう意味なのか、もしかしてっていう期待なのか。

 

 タイフーン先生はというと、面白そうに目を輝かせている。


 アクロバットの授業のとき、俺はまったく目立たなかった。それはもちろん、目立ちたくなかったから。

 できないわけでもないし、特別できるわけでもない。普通の生徒だと思われているはず。


 筆記試験の結果は知っていた。


 だが、先生ならよくわかっているだろう。

 筆記試験がよくても、実技試験で結果が出せなければ意味がない。この学園は──というかほとんどの学校がそうだと思うが──実技を重視する。


 将来戦士になっても、当然筆記試験で出たような知識・思考も必要にはなるが、メインは戦闘だ。


「剣を構えて」


 先生が優しく声をかける。

 期待しているような声だ。


 剣術の授業でも目立ったことはない。


 だからほとんどのクラスメイトは、俺がどんなフォームで戦うのか知らないだろう。


「おっ、キミはもしや──」


 俺はロペス派の構えをしていた。

 剣を横に向け、足はほぼ動かさない。少しだけ右足を引く程度だ。


「そうそう、ジャックはロペス派の戦士! くぅー、いいぜジャック!」


 ゲイルが後ろで叫んでいる。


 ロペス派をみんなの前で使ったことはない。

 記憶に残らないよう、今までは毎日使うフォームを変えて授業を受けていた。


「ジャックくん! 頑張って!」


 この声はリリーのものだ。

 筆記試験の結果が発表されて、リリーの俺を見る目もどこか変わったような気がする。今まではどちらかといえば同情して、無能な俺を励ましてくれていた。


 ちらっとリリーの方を見た。


 一緒に頑張ろうね、って具合だった視線から、大きな期待の視線に変わっている。


 ゲイルとリリーの他に応援してくれる人はいない。

 

 ブレイズは何かを見定めるように、ピリピリした目で俺を見つめていた。


「ロペス派の使い手ってのはすごいなぁ。攻撃にも防御にも、隙が一切ない。どうやって習得したんだい?」


「自己流で」


 タイフーン先生が興味ありげな顔をする。


「キミが剣術の天才だなんて、聞いてないけど」


 いきなり先生が飛びかかってきた。

 先生から攻撃はしないと言っておきながら、不意打ちを狙うかのような剣の動き。


 スキルは使っていないものの、風のように速い攻撃だった。


 剣先が俺の腹に向く。

 あと数センチ。たった数センチで腹を裂くところだ。


 だが俺は剣の軌道を確認すると、先生を上回るスピードで上にジャンプし、宙返りをして先生の後ろを取った。


「なるほど」


 先生がルミナスに仕かけた動きを、それを上回る速度でやってのけた。

 わかりやすく先生は感心している。


 だが、それは感心できるだけの余裕がある、ということでもあった。


 地面に着地すると、先生が振り返る前に次の攻撃を繰り出す。

 ロペス派は攻撃と防御、どちらも特化した特別なフォーム。バランスよく組み込まれていて、習得は難しいものの、自分のものにできれば最強の味方になる。


 俺は7歳の頃から剣術に優れていた。

 

 戦士になるためというより、ただ剣が好きで全部のフォームを試し、そのときには習得できていた。その過程であらゆるフォームの組み合わせを作り、自分オリジナルのフォームや技も大量にある。


 敵の背後に回った今、俺にはタイフーン先生の背中がしっかり捉えられている。

 このまま剣で──。


「悪いね!」


 右手で剣を振り下ろし、勝利を確信したとき、気づけば俺の体は5メートルほど飛ばされていた。


「オーマイガー! 先生がスキル使っていいんすか!? ちょっと!! こりゃぁないぜ!」


 ゲイルが怒ったように声を上げる。


「ついつい反射的にやってしまった。でも、ボクがそれだけ焦ったってことだ」


「あれは序の口! ジャックは剣の達人なんで」


 風はすぐに止み、足が地面にめり込むように着地した。


 スキルは絶対に使わないものだと思い込んでいた。

 本当は使うことは禁止されていたが、油断していなければ、あのときすぐにスキルにも対応できていたはずだ。


 まだ戦闘開始20秒。


 決めた。

 1分以内に先生をノックアウトする。ルミナス、圧倒的な実力の差を見せつけてやろう。


 俺は先生の右側に走った。

 

 剣を回転させ、予測不能な動きで斬りつける。

 この攻撃に対応できた強者はいない。どんなモンスターも、この攻撃を前に倒れていった。


「まさか──」


 剣の軌道に先生が気づいたときには、時すでに遅しだった。

 腹に直接攻撃が当たり、戦闘服アーマーに大ダメージをくらわせて先生を地面に叩きつける。この勢いは止められなかった。

 そこからまたスキルを使うとかいう反則技をされないよう、追い打ちをかけるかのごとく蹴り上げる。


 アクロバット教師のタイフーン先生は、対抗する術もなく、もう反射的にスキルを使用することなく宙に飛ばされた。


 ふとクラスメイトに目を向けると、ほとんどが目をまん丸くして俺と先生を交互に見ている。


 ルミナスとブレイズの表情はこの一瞬で確認できなかった。

 それでも驚いていることは間違いないだろう。


 ここで勝利を確信するのはまだ早い。


 戦える状態であれば、先生は容赦なくまた俺を攻撃してくる。相手に隙と余裕を与えるな。

 

 先生が落ちてくる前に、野球のバットを構えるような要領で剣を構える。

 前世で野球をしていたわけじゃないが、剣術を極める際にいろんなスポーツを参考にして技を作ったりしていたことが、ここで役立った。


 完璧なスイングで打ち上がったアクロバット教師の体は、まっすぐ闘技場の観客席に飛んでいく。


 ホームランだ。


 さすがにやりすぎかなと素直に喜ぶことはできないが、1分どころか30秒で決着をつけられたことに満足していた。

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