第2話 秘密を知る唯一の人物
「ナイス! いいんじゃねーの! これでクラスの連中もびっくりじゃんか!」
「そしたら俺が目立つことになる。それは嫌だ」
「別にいいと思うけどな、それで」
夜。
ユピテル英才学園は全寮制だ。
とはいえ寮は学園内にあり、部屋だけじゃなく談話室なんかもあったりする。
基本ふたり部屋で、人数が合わなかったら3人部屋になる。
俺のルームメイトはひとり、ゲイルという名の親友だ。
石造りの、やたらと趣のある部屋で寝泊まりしている。
「あの炎ボーイも驚くぜ。まさか、無能無能さんざん言ってたやつが、最強の生徒だって知ったら」
そう、ゲイルは俺の秘密を知ってるたったひとりの人物。
話すまでにいろいろあったが、結局は打ち明けることになった。
俺が実力を隠してること、そして──。
「あの女神は実力を出すなとは言ってないんだろ? ならナメられてきた分、今度は見返してやろーぜ」
「はぁ。俺は静かに卒業したかったんだが」
ゲイルは俺が転生者であることも知っていた。
別に自分が転生者であることを証明したわけじゃない。
おかしなやつで、すんなり信じてくれた。たぶん、俺の言動に、前世のぼろが出ていたんだろう。
「いやー、それにしても、早く見たいもんですな。熱々ブレイズちゃんのポカンとした顔。楽しみすぎて寝れないねぇ」
「別に見返すとか、そういう意味じゃない。ただ1位になるだけだ」
「いやいや、それがいいんだって。『ただ1位になるだけだ』、かっこいいぜ。おれも使えるようになろっと」
俺とは正反対なくらいに明るいやつだ。
それだからか、俺とは相性がいいし、話していて楽しい。
それに、ゲイルもブレイズに劣らないほどの実力者だった。
「明日のテスト、午前中は筆記だったか?」
「オーマイガー、おれ、武器学と王国史の暗記がやばいんだけども」
「それなのにもう寝るのか?」
「うん、眠いし」
「日本の筆記試験に比べたらずいぶんマシだ。数学に化学、国語に英語……」
ゲイルが不思議そうな顔をする。
緑色のくせ毛に、同じく緑色のアーモンド形の目。
風を操るスキルを持っている。
「ジャックは調子どう? テストは」
「言っただろ。俺はこう見えても真面目に授業を受けてる。筆記試験も怖くない」
「やるー。そうこなくっちゃ」
ゲイルはベッドの上で大きく背伸びすると、そのまま寝た。
いつも思うが、寝落ちのスピードが圧倒的に速い。
授業中はしっかり起きてる。割と真剣に受けているらしい。だから疲れてるのか。
ゲイルが寝落ちして、部屋が静かになった。
はぁ。
俺も寝るか。
筆記試験に関しては満点が取れるように対策している。
どんなに悪くても9割は取れるだろう。
学園に入って初めての定期テストにはなるが、これまでのちょっとした単元テストでは満点が取れることがわかっていた。だがあえて7割に抑えていたわけだ。
明日にはそんなことをしなくなってるのか。
俺たちの担任は『分析眼』というスキルを持っている。
だからテストを一瞬で採点できるわけだ。
もし俺のテストが満点だとなれば、その場で驚いて言ってしまう可能性がある──ジャック・ストロングが満点を取った、と。
そうなればクラスの連中がどんな顔をするか。
無能と思われることも別に好きってわけじゃなかったので、それはそれで面白そうだ。
ゲイルに見習い、俺もそのあとすぐに寝落ちした。
***
テスト当日。
筆記テストは嬉しいことに1日目の午前中だけ行われる。
実技テストは今日の午後と、2日目まであることになっていた。
つまりこの筆記でいかにポイントを稼ぐか。
ゲイルは朝からリラックスしている。
楽観的なのであまり緊張しないんだろう。
「元気だな」
「え、おれ? テストのときほどおもしれーじゃん。戦いだぜ、これは。いいねー」
朝食は食堂でとっている。
俺はいつもゲイルと同じテーブルだった。木でできた、優しい香りのするテーブルだ。
前世──つまり日本で食べていた美味しい食事が忘れられない。
異世界に来て、食事も楽しみのひとつではあったわけだが、ずば抜けて美味しいものはない。
ただ、ニンジンスープだけは日本のやつよりはるかに美味しいと思う。
「あのさ、いつもニンジンスープ飲んでるよな。好きなん?」
ゲイルは朝からローストした肉の塊をむしゃむしゃ食べていた。
あんまり品のいい食べ方とは言えない。
口元から肉汁が滴り落ちている。なかなか食欲をそそるな。
「塩加減が抜群なんだ」
朝食を食べ終わると、席を立ってクラスに向かう。
だが──。
「おい、無能のクソ」
はい来ました。
予想通りのご登場。
「おめぇ、オレに無能って言われて悔しいなら結果出せや! あ? いっつも本気出してねぇみたいな顔しやがって」
5秒間、俺は黙った。
そして──。
「了解。なら、そうさせてもらう」
ちゃんとブレイズの目を見て言った。
ま、今回は俺も本気で戦うことになるからな。これが敵への礼儀ってことか。
ブレイズは俺の反応が意外だったらしい。
それもそうだ。
いつもは黙って流すか、その通りだというように認めるか。悪いが、俺も退学するわけにはいかないんでね。
「やけに自信ありげじゃねーか。おもしれー。オレがその自信、粉々に砕いてやる」
ブレイズの炎の目は殺気立っていた。
「よっ、炎ボーイ! 調子どうだい?」
「あ? ……なんだおめぇか」
「いやー、昨日は勉強しようって頑張ったけどさ、気づけば夢の中。でもなんか夢の中で勉強できてたっぽいから自信満々ってやつだぜ、ほんと」
「やるな、おめぇ。やっぱ熱いじゃねーか」
ゲイルは誰とでも仲がいい。
というか、誰からも気に入られるし、ゲイル自身コミュニケーション能力の塊なので俺とも仲よくなれたわけだ。
やっぱすごいな、ゲイルは。
誰に対しても強く当たるブレイズと普通に会話できるのは彼だけだ。
「でさ、今回のジャックちゃんはひと味違うんだぜ。うんうん、何が違うかって? それはだな──うっ」
何か危ないことを言いそうだったので、腕でゲイルの腹を殴った。
それももちろん軽めに。
だが思っていたよりダメージは大きかったらしい。
「えーっと、まあ、ジャックに期待だな。テスト頑張ろーぜ!」
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