役に立つもの

小狸

短編

「このさ~」


「何」


「『学校では教えてくれない○○』って接頭語みたいに付けている記事あるじゃん? おねえ


「接頭語みたいに、が、少し嫌味ね。おいも


「人のことをお芋大好き中学生みたいに言わないで」


「で、それがどうかしたの」


「いやなんかさ。『学校では教えてくれない○○』とかって言って、学校での勉強を無駄なものとする記事とか投稿が、ここ最近で増えたなって思って」


「それがどうかしたの」


「お姉、天然を発動しないで。いつものお姉なら、もう結論まで辿り着いてるでしょう。波高なみこう生徒会長にして学年トップでしょ」


「嫌ね。私はそんな『推理小説を結論から読む』みたいなことはしないのよ。全てを分かるからと言って、全てを分かりたいとは思っていない。だから妹との会話を楽しみたいのよ。会話の先が分かったらつまらないでしょ」


「『全てを分かる』って言いやがったぞこの姉……ジョセフのお株を奪わないでよ」


「そうね。学校での勉強を軽視する風潮は、私の時代からもあったわね。『学校の勉強なんて将来何の役に立つんですか~』とか、私が中学の時には言ってた輩もいたわ。世の中をはすに構えて、それが格好良いと信じて疑わない、猫背で芯のない男子生徒だったわね」


「なんかその子可哀想になってきたな……それで、お姉の見解としてはどうなの?」


「どうって」


「だから、学校の勉強って、役に立つと思う?」


「そうねえ。役に立つかどうかというより、役に立たせるかどうか、だと、私は思うのよね」


「どう役に立たせるか? どういう意味?」


「役に立つかどうかを誰かに教えてもらおうってその姿勢が気に食わないのよね、私は。だって人生って自分のものでしょう。自分の生きる道は、自分で決めるものでしょう。だったら、自分でそれがどう役に立つかを考えて、取り込む。受け身で楽に生きられるほど、社会は甘くはないからね」


「なるほど」


「例えば今やっている勉強だって、受験には役に立つでしょう、目の前の試験には役に立つでしょう――それはひいては将来の可能性、『やりたいこと』『なりたいこと』の幅を広げることになる。資格がなければ、免許がなければできないことがある。でも、『学校の勉強なんて将来何の役に立つ』のかが分からない連中は、そういう将来の想像ができないんだと思うのよね。これから先のことを考えられない。まあ色々な理由があってそうなのだろうけれど、手近で身近な快楽のためにしか努力できない」


「あー、それはちょっと分かるかも。いるもん、私のクラスにも。性格終わってて、ストーカーとかしているのに、テストの点数『だけ』良い奴」


「そう。そういう手の届く範囲の『楽なこと』に手を染めることなく、自分で自分の人生を歩もうとする人。そういう人がこれからの世の中を動かしていくのでしょうね」


「なるほどなあ……学校の勉強も、役に立たないように見えて、全部地続きになってるんだね。確かにそうだよね」


「勿論、本人の継続と努力次第だけれどね。大人になればなるほど、諦めようと思えば、いつだって諦められる。私のいる波高でもそうよ。教師は生徒に『勉強しろ』なんて言わないの」


「え、そうなの?」


「そう。進学校だから、っていうのもあるかもしれないけれど、勉強することは波高の生徒にとって当たり前のことなのよ。その先に大学進学、専門学校進学、そして将来があるから。見えているから。だからそのために頑張ることができる。頑張ろうとする人には心強い世界ね。逆に『学校の勉強が何の役に立つんですか~』と公言したり、『学校では教えてくれない○○』ばかりを摂取している、真っ直ぐ頑張ろうとしない人間に対しては、驚くほど冷たいわね、生徒も教師も」


「ひえ~、すごいね」


「大学に入って、社会に出たら特にそうよ。誰も勉強を強制してはくれなくなる。そうなった時、後悔せずにいられるのかしらね。学生時代斜に構えてた連中は」


「お姉、顔が怖いって」


「話を戻すと、学校の勉強って、あらゆる基礎みたいなものみたいなものだからね。土台、形みたいなもの。形破りでも、その大元には形がある。それがないのは、ただの形無しよ。まあ、色々と言ったけれど――」


「本当に色々と言ったね……私辟易しちゃった」


「色々と言ったけれど、まあ今の時代、学校教育が全て善だとは言えないのも、また事実ね。不登校やいじめが一定数存在していることも事実だし、コロナ禍もあったし、教える側も教える側で、ただ漫然と教科書を読んでいるだけじゃあいけないの。変わっていかなくちゃならないのよ。時代と共にね。だから結局言いたいのは、勉強においても何においても、『誰かが何かしてくれる』って期待は――受け身の姿勢は、全て時間の無駄だってこと。したいこと、やりたいことがあったら、成し遂げたい何かがあったら、自分から動くこと。それが何においても大事だと、私は思うわ」


「……相変わらず理屈っぽいけれど、お姉と話すと勉強になるね。あ、これも一つの勉強か」


「そう? こんなもの誰でも知っていることよ」


「…………」


 誰でも知っていても、誰でもできることじゃねえよ、と。


 雨宮あめみや里帆りほは、心の中で思ったのだった。




(「役に立つもの」――了)

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