第91話

卵粥の材料なら、わざわざキッチンを確認しなくても揃っているのは分かっているので、純はまず先にリビングの棚にある救急箱の中身をチェックした。



そして、



「……しまった」



そういえば自分は滅多に風邪をひくことがないので、この家には風邪薬を常備していないことを思い出した。



多分、沙那も薬がないことに気が付いて、でも自力で買いに行けるだけの体力がなくて、ただ寝ていることしか出来なかったのだろう。



可哀想なことをしてしまったと反省した純は、慌てて車のキーと財布を掴んだ。



一旦沙那の部屋に戻り、彼女の髪を優しく撫でてから、



「沙那。風邪薬を買いに行ってくるから、少しだけ待っていてくれ」



そう言い置いてベッドから離れようとして、



「やっ、行かないで」



沙那に服の袖を掴まれた純は、驚いて沙那を振り返った。



「一人にしないで」



涙目の沙那にそんなことを言われて、



「……っ」



純の胸がぎゅうんっと鳴らないわけがないが、今はとにかく店が閉まる前に薬を買いに行かねばならない。



「近くのドラッグストアに行くだけだ」



沙那の手を取り、なだめるように優しく撫でる。



「すぐに帰ってくるからな」



「……うん」



本当は、今すぐにでも沙那を抱きすくめたいところではあるが。



それをぐっと我慢して、



「行ってくる」



「ありがと。気を付けてね」



心細そうな沙那を一人置いて、純は再び自宅を出た。

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