第278話 笛の音よ、黄泉路へ届け

「話はわかった。ここにいるものたちは翁衆ではなく、彼らに保護されたものたちだな? それならば俺からは何も言うことはない。右近次、左近次、お前たちも人間に仇を成すことがなければ光川様も認められるかもしれない。この話は持ち帰って光川様に俺から口利きはするが、確約はできない。それでいいか?」


 右近次と左近次はようやく表情を顔に表した。

「「ありがとうございまする」」


 その様子を見て、サカキは懐から篠笛を取り出した。

 カナエは気が付いた。

「サカキ殿、それは……」

「カナエ様にいただいた笛です。焼け残って俺の手元に帰って来たのはなにか因縁を感じまする」


「今も持っていてくださったのですね……」

 カナエは目じりに涙を貯めて微笑んだ。サカキが二十歳で上忍になった祝いに贈ったものだった。

 山吹の里は襲撃されて燃やされたと聞いていたが、武器でもない笛を無くさずに持っていてくれてうれしいと思った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


(ひょっとしたらこんな時のためにムクロが持ってきてくれたのかもな)

 まったく根拠はないがサカキはそれが合っていると感じる。

 この笛は山吹の里にあったサカキの家の焼け跡からムクロが見つけたものだった。


 サカキは羽鳥右左麻呂の絵姿の掛け軸に向かって笛を奏ではじめた。


 それは鎮魂の曲。

 ハステアの丘で人々が刻んだのは命の賛歌、鼓動のリズムであったが、鎮魂の曲は消えゆく鼓動を表現する。

 生があるゆえに必ず死は訪れる。必定のことでありながら悲しみは付きまとう。笛の音はその悲しみに寄りそうように静かに流れた。


 右近次と左近次は涙を流しながら掛け軸にそっと手を合わせて、うなだれた。


 山吹の里を、多くの罪のない人を殺したのは許せない。それでもその壮絶な過去には思うことがあった。

 妖は死ねば魂も残らぬというが、笛の音は黄泉路へは届くかもしれない、サカキはそう思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――伊津河城――


 羽鳥家を後にし、3人はほどなく伊津河城に到着した。

「サカキ殿ー! アゲハ殿とバルディック殿もお久しぶりです!」


 成長してひとまわり体が大きくなった長内源治改め一条正清は門まで迎えに出て来ていた。

 右手をぶんぶんと振っている、その仕草は変わっていない。元気そうだ。以前のようにどこか厭世的な色もなく、黒い瞳はキラキラと輝きに溢れ、サカキは安心した。


「お久しぶりです!」

「お元気でいらっしゃいましたか?」

「正清殿、ご立派になられた」

 サカキは目を細めて歓迎を受けた。少し見ていないだけだが子供は成長がはやいな。


 サカキはムクロが記憶をなくしたと聞いて一番うろたえていたのが長内だったことを思い出す。

『母上が……母上がいなくなったああああ』

 と涙を流す長内に

『お兄ちゃん、だいじょうぶ? なでなでしてあげるね』

 と6歳のムクロが彼より大きな手で頭を撫でてやったのだ。


『お兄ちゃん?』

 長内はきょとん、とした。

『そうだよ、お兄ちゃんだよ』

 と、ムクロがにっこり笑い、ケサギが両腕を組みながら言った。


『母上はいなくなったが、ができたんだ。お前もしっかりしないとな』

『そうか――私はお兄ちゃんに……』

 その時から長内は護られる立場から守る立場になり、顔つきが変わった。

 ムクロはどの年代であっても長内にいい影響を与えるらしい。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「いやあ、私などまだまだ! さあ、じぃじ……いや、慶忠様がお待ちです。ご案内いたします」

(じぃじ?)


 どうやら正清は伊津河城でうまくやれているらしい。

 じぃじ呼ばわりできるまで親密になってるとは、正清殿は元は人から好かれるタイプだったのだな。

 サカキの口元に自然に笑みが浮かんだ。


 長い廊下を正清に案内されながら歩いている途中で正清が話しかけてきた。

「そういえば、姜四郎殿が白魔法を使って慶忠様のお役に立っていましたよ」

「ほう?」

「癒しの魔法だけは使えるようになった、とのことで慶忠様の『腰痛』や『肩こり』を治してらっしゃるようで」


 サカキは上忍の彼が飄々とした口調でかいがいしく魔法をかけている様子を思い浮かべて笑いがこみ上げた。


「それは……すばらしいですな、姜四郎殿には白魔導士の素質があるとクラウス殿がおっしゃっていましたが、そちら方面でも活躍なさるとは」

「ええ。ですが魔力量が乏しいらしく、調子に乗って使うと魔力切れを起こしてひっくり返っておられました」


「ぷっ」

 アゲハが慌てて口を押えて後ろを向く。大っぴらに笑っても正清は気にしないだろうが、サカキは

「なるほど、上忍の体力でもそれだけ消耗するとは、魔力とはなかなかのものですな」

 と当たり障りのない返答をしておいた。


 あの奇矯な性格の長内が、このような場に合ったもできるようになったことに驚きを隠せない。この様子であれば、りっぱな一国一城の主になるだろう、とさえ思う。


 サカキはアサギリとヒシマルから情報を得ていたが、慶忠には子が3人いて、長男は天下統一の戦で亡くなっている。次男は素行があまりにもひどく廃嫡が決まっている。3人目は姫で16歳。正清に一目ぼれしてすぐに婚約が決まった。正清は慶忠の娘婿になり、後を継いで秋津を統一することになるだろう。

 廃嫡された次男はたいそう怒り、密かに行動を起こそうとしているが、日向忍軍がいるならだいじょうぶだろう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大広間に通されたサカキは羽鳥家に起こった悲劇を詳しく話した。

 光川慶忠も目を見開き、真剣な面持ちで話を聞き、聞き終えてから深いため息を付いた。


「そのような事件があったのか。250年前であれば冤罪を晴らすのは難しいか……いや、難しくても天下人として儂はやらねばなるまいよ」

 それが慶忠の答えであった。


 羽鳥家に関しては。

「弱きものの寄る辺であれば、それを奪おうとは思わぬ。妖の存在を儂は知ってしまったが、一方的に排除するものではないと、サカキ殿の話を聞いて思った。だが、羽鳥家復興はさせぬ。大勢の民が死んだことは決して許されぬ。立花とは事情が違う。羽鳥家は冤罪は晴らすが表に帰ることはだめだ……このまま歴史に埋もれてひっそりと暮らすがよかろう」


(さすが慶忠様……)

 良しか悪しか、の二択ではない、難しい判断を絶妙に采配する慶忠の力量にサカキは感服する。

 これがもし今までの武士らしい筋の通った武将であれば、羽鳥家を今度こそ取り潰し、あの美しい庭園のある屋敷を自分の所領に加えるだろう。

 妖などという、税も納められぬような輩を存在させておくはずがない。

 今の将軍が慶忠であったことは羽鳥家にとって、幸運であった。


「仰せの通りに」

 サカキは深く頭を下げた。

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