第105話 サカキ・怒りのローシェ観光案内(後編)
その様子を長内は目を丸くして見ていた。
勇猛な騎士たちがみなサカキを見て、彼と話をしたくて取り囲んでいた。
ひょっとしてサカキが女皇と恋人関係だから、みな彼のご機嫌を伺っているのか?
と、見当違いなことを考えていると。
「長内殿か?お初にお目にかかる、第3騎兵隊隊長バラダルと申す。以後よろしく頼む」
と、隊長がこちらへやってきた。
バラダルの言葉をサカキが通訳する。長内は大陸公用語はまだわからない。
長内は慌てて馬から降り、
「こ、こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
とぎこちないながらも秋津風の礼をした。
「簡単にご説明させていただくが、ローシェ帝国の騎兵隊は全部で10。それぞれが5000名の騎兵を有し、総勢5万規模の大隊となっていまして、我が第3騎兵隊はその中でも最速といわれている機動力がありますので、戦の時は常に先陣を任せていただいております」
「先陣……それはすごい」
「ありがとうございます。今日はあまりお時間がないと聞いております。よければ次、時間あるときに来られるのであれば最速の所以たる実技をお見せいたしますぞ」
と、またガハハ、と笑った。
「あ、ありがとうございます」
思う以上に丁寧な応対をされて戸惑いながらも長内は頭を下げた。
先ほど一人で王城に乗り込んだときはみな異物を見るような目で見て、だれも話しかけてこようとはしなかった。対応のあまりの変わりように長内は戸惑う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サカキは空を見上げ、太陽の傾きを確認する。
「さて、少し早いが次は騎士食堂で
「え、騎士食堂……ですか?さっきは断られたんですが」
いつの間にか、長内はサカキに対して敬語を使っていた。彼の価値を見直したのだ。
「騎士以外の者が1人で行けば断られるに決まっています。ですが、隊長クラスのものがいっしょならばだいじょうぶです。俺は夜香忍軍一番隊隊長なので」
「そうだったんですね……」
「一番最初にそう自己紹介したのですが」
サカキは苦笑している。
長内はまったく覚えていなかったが、サカキは特に気にした風もなく後ろに声をかけた。
「ゾル、君も一緒に行こう」
「はい!今日は鴨の丸焼きがあるそうですよ、楽しみだなあ」
ゾルもサカキの繋ぎからの情報をいろいろと得ていた。
急にゾルが姿を現したので、長内がびっくりする。
「えっ、いつの間に?」
「気配を消してずっとそばにいましたよ」
ゾルがおもしろそうに言った。
「……なんと不思議な……」
「忍者にとっては普通のことだが」
「一応、僕白魔導士なんですが」
「最近は忍者のほうに心が寄っている、とアゲハから聞いたぞ」
「えっ、やばいな、バレてる……」
親しげにやりとりをするサカキとゾルを見て長内はうらやましい、と思った。
彼にはそういう会話を楽しむような相手は長い間いなかった。
長内は生まれたときからずっと紫藤派の藩主の城に人質として制限された生活を送っていたからだ。
それが制限された異常なものだった、ということに気が付いたのは最近だ。
――女皇私室前――
女皇はサカキと別れたあとコテージでケサギとムクロと合流し、私室まで送ってもらった。
落ち込んだ様子は見せてはいないが2人は気づいた。
「姫、またチャンスはありますよ」
「次はきっと!」
女皇は口元で笑ったが瞳は寂しそうだ。
「……2人ともありがとう。でも、こればかりはサカキの気持ち次第なのですから……」
と語尾を濁して部屋に入った。
ケサギとムクロはお互いを見た。女皇の落ち込みぶりは深刻だ。
『どうしたものか』
『また別の手を考えるか……』
『それにしてもあの野郎、なんてタイミングでやらかしてくれたもんだ』
『うーむ。次の2人きりになれそうなタイミングは――』
ひそひそ話をしながらケサギとムクロはコテージに戻った。
サカキと女皇の間柄は、周囲の人間は反対はしていないが、当の本人たちがお互い遠慮してなかなかくっつかない。非常にまだるっこしい関係に入り込んでしまっていたのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サカキとムクロが去ったあと、女皇はミニ錫杖をはずし、ぽふん、とベッドに飛び込んだ。
侍女長とアカネが様子を察し、無言でサササっと着替えさせ、何も言わずに早々に隣の部屋へ引っ込んだ。ドアを少し開けてそーっと様子を伺い見る。
イリアティナは1人反省会を心の中で行っていた。
(やっぱり、あの時強引にキスしちゃえばよかったかなあ?でもそんなことしたらサカキは嫌がるかも。そういうことして嫌われても、サカキはきっとそんなそぶり見せないだろうから……そういう風になるのがヤダヤダヤダ)
「ふみぃいいいいいいい」
いくら考えても結論は出ず、イリアティナはお気に入りのサカキの等身大クッション(特注)に抱き着いてベッドの上でゴロゴロ転げまわった。
「「いつも通りかな(ですわね)」」
侍女長とアカネは同じことを言い、うなずいてそっとドアを閉めた。
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