第98話 第3階梯雷魔法実践訓練
ケサギが後ろを振り向くと、離れたところからサカキがこちらを見ているのが見えた。距離があるのでサカキは矢羽音ではなく口の動きだけで伝えてくる。
『第1階梯の魔法はこれ以上は使わない方がいい。第3階梯の魔法演習に切り替える』
ケサギとムクロはうなずいた。サカキも同じことを考えたようだ。
これほどの威力の魔法を防ぐ方法は今のところ無い。とても演習にはならないだろう。
それはロルドとスパンダウ、ユーグにも伝えられ、演習内容の変更が裏で行われた。
「よし、すばらしい威力の魔法を見せていただけて、みなも士気が上がったことだろう。
では、これより第3階梯の雷魔法による演習を行う。第1騎兵隊、第8歩兵隊、隼隊、忍軍一番隊前へ!」
スパンダウがさらりと進行を変える。よくあることなのでだれも不思議に思ってはいないようだ。
キーリカとパシュテの第3階梯魔法ライルを、軍隊が協力して避ける訓練が開始された。
内容自体は簡単で、黒魔導士から付けられた魔力の糸を忍軍が風遁で切り、白魔導士が防御を張る。
小規模な訓練ならこれまでやってきていてその技術はすでに確立している。
しかし、これを1000人規模でやるとなるとかなりむずかしい。
「「風遁発動」」
「だめです、糸が切れてません」
「了解、やり直します」
「切れました、この状態で撃ちます」
「ライル・オーム!」
どぉん!
と第1騎兵隊の上に雷が落ちる。
屈強な騎士たちが耳を抑える。
馬の耳には綿で作った耳当てが付けられているが、それでも数頭が前足を大きく上げた。
騎士たちは巧みにそれを制御している。
騎兵隊の上には白魔導士の防御バリアが展開されており、直撃はしないがバリアの表層を伝って雷の枝が周りに広がった。
「第8歩兵隊の5人、雷が当たりました」
兵がユーグに報告をする。数人がうずくまっている。
「やはりこの人数では漏れもあるか……」
「だいじょうぶですか?」
キーリカとパシュテが慌てて声をかける。
「だいじょうぶです、ちょっとビリっとなっただけで」
「むしろ血行が良くなりましたよ、ハハハ」
歩兵たちがキーリカたちに心配をかけまいと努めて明るく返事をしているが、彼らはあとでこっそり医務室へ行くことになる。
白魔法による治療で傷と痛みは取り除くことはできるが、それは魔法で体組織を整えただけなので、結局完治するための時間は普通に傷を負った分だけ必要になる。
歩兵たちにも耐雷装備は支給されているが、完全に雷を避けられるものではない。
ゾルとベネゼルが隊から離れてロルドとスパンダウのところへやってくる。
「バリアの張り方を変えましょう。少人数なら今までのでよかったのですが、さらに広範囲をカバーするとなると……そうですねあと10人はほしいかな」
ゾルが言うと。
「隼隊と白鷲隊から5人ずつ、バリア要員を出しましょう」
ベネゼルが答える。
ロルドがうなずく。
「そうしますか。これを進軍しながらやるわけですから、身の軽いものがいいでしょう」
そこへ、ヒムロとヒカゲも縮地を使って駆けつけてきた。
「白忍……護衛つける」
とヒカゲがつぶやいた。騎士の従者の格好をしているのでまるで忍者とは思えない。
「そうだな、ベネゼルと違って普通はバリアを張っている間は気配も消せないし無防備だからな。四と五番隊から護衛を3人ずつ出そう」
ヒムロも軽装鎧をまとっているが、やはりそのへんの肉屋のおやじに見える。
「よし、ではもう一度!」
スパンダウが声を上げる。演習中なので糸が切れなかった場合はキーリカたちが教えてくれるが本番はそうはいかない。失敗がなくなるまでこの訓練は続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユーグが太陽の傾きを見てうなずいた。
「今から事前に打ち合わせたとおり順番に食事を摂る!最前線第1騎兵隊、第8歩兵隊下がれ!第2・第3騎兵隊、第9歩兵隊前へ!忍軍二番隊、三番隊はそのままだ」
騎士たちは長時間の戦闘の場合、こうやって途中に簡単に食事を摂れる体制になっている。
重い鎧を着て動き回る騎士たちには栄養補給は大事である。
戦闘中なの本陣までは戻らず、その場で各自携帯食を食べるだけで、臨戦態勢は解かない。
忍者たちは戦争中は丸一日食事は摂らないが水分補給はきっちりする。
キーリカとパシュテには護衛に囲まれながらちゃんとした食事が用意されている。
彼女たちが好きな甘いお菓子とジュース付きだ。
気配を消して控えていたヒスイも姿を現し、彼女たちの世話をする。
「今日の食事はパンに野菜とお肉をはさんだギロピタですよー、お二人とも好きでしょう?」
「わーい、これ好き!」
「私も……手で食べられるのがいい……」
「ヒスイちゃん、オレたちの分も持ってきてくれたの?ありがとう」
ケサギがヒスイから食事が乗ったトレイを受けとる。実戦では忍者は食事は摂らないが、ケサギとムクロはキーリカとパシュテに合わせることにした。
「ありがとう、これ、おいしいよねえ。外で食べるとなおさらおいしい」
ムクロもトレイを受け取り、敷物の上に座る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キーリカとパシュテにとって、戦闘訓練は自分のお気に入りの人たちといっしょに過ごせる楽しい時間だった。
「魔法連発して疲れたでしょう?ゆっくり休んでね」
ムクロが優しい声でねぎらってくれる。
「第1階梯の魔法すごかった!君たちがいてくれたら負けることなんて絶対ないね」
ケサギがにこにこ顔で褒めてくれる。
パシュテは、男の人の低くて穏やかな声でこんなにも落ち着いた気持ちになれるなんで知らなかった、と思い、キーリカも自分の傍に好きな人がいる、それだけで幸せな気持ちになれるなんて……と思った。
「「こんな時間がずうーっと続けばいいのに……」」
キーリカとパシュテは心の底から、無垢な心で祈った。
サカキはそんな2人の夢見るような瞳をじっと見つめていた。
演習は深夜まで続いた。
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