第1話

「おばあちゃん!おばあちゃん!」

若菜は、祖母の横で必死に呼びかけた。

祖母の家は若菜の自宅から、そんなに離れてはいない距離にある。

独り暮らしの祖母はいつも優しく、両親が共働きの若菜には誰よりも頼りになり、何でも話せる大切な存在だった。

祖母はどんなに声をかけても、どんなに涙を流しても目を覚ます事はなく、若菜が祖母の、あの優しい笑顔を見ることは、もうない。

「若菜、離れなさい。仕方ないのよ」

母に離れるように言われた直後に、部屋に全身青色の防護服のような物を着た人達が数人入ってきた。

小学生の若菜も、その青色の人がなんなのかは知っている。

青色の人は、担架で祖母を外に停めてある車へと運ぶ。

若菜は青色の人をじっと見つめた。


「すみません。サインお願いしても」

「はい」


若菜の母親が青色の人が持っている、バインダーに挟まれた紙に指をさした場所にサインをしている。

それを見つめながら思い出す。

あの日もいつものように聞いてくれてたな。


「おばあちゃん、今日ね、学校で掃除が丁寧だねって先生に褒められたんだよ?」

「そら良かったなー。若菜は、ばあちゃんの部屋もいつも角まで、しっかり掃除してくれてるもんなー」

祖母はニッコリ笑う。

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