後悔

第24話

「はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……」


 ――駅で心葉と涙の別れをした後、最後の望みのある場所へ向かった。

 本音を言えばゆっくりお別れしたかったのに。

 桐島くんにも「また向こうの世界で会おうね」って言いたかったのに、それどころではなくなってしまった。

 駅から一心不乱に走り、息をきらしながら到着した先。

 そこは、萌歌がダンスの練習をしていた学校の校庭。


 彼女は前日まで毎晩ここで練習していたから、もしかしているかな~と思って来てみたけど、校庭には人影がない。

 閑散しているどころか、時より砂嵐が吹き荒れている。

 そもそも日付が変わる15分前なんて学校に人が来るはずはない。

 ただ、家が以外の居場所がここしか見当がつかなかった。


 期待が外れた瞬間、全身の力が抜けて膝がガクッと地面に落ちる。

 瞳から頬へ一直線に伝っていく雫は、溢れた後にグラウンドの砂利に複数の小さな丸い模様を描いた。


 もう二度と会えないのだろうか。

 自分も15分後には元の世界に帰らなきゃいけないのに、そんなの後回しにしたくなるくらい後悔の波が押し寄せている。

 こんなにもどかしい気持ちのままお別れしなきゃいけないなんて思いもしなかった。

 そもそも彼女に嫉妬なんてしなければよかった。

 最初から素直になって仲良くしていれば、こんなに苦しい思いはしなくて済んだのに……。


「……っ。うぐっ……っ、萌歌……。ひっく……ごめん……、ごめんね…………。私、萌歌の家族なのに……大切なお誕生日……、一緒に祝福してあげれなかったよ……」


 泣いても解決しないのに、溢れんばかりの感情が後悔の波として押し寄せてくる。


 手で顔を覆って気持ちを抑え込んでいたが……。

 次に目を開いた瞬間、指の隙間からとある物が視界に入った。

 それは、萌歌がダンスの時に必ずと言っていいほど使用しているハート型のヘアクリップ。

 オーディションに出かける前にスポーツバッグの取っ手にぶら下がっていたから今日は確実に持っていた。

 だから、ここに落ちているなんて余程のことがなければ……。


 私は手の甲でゴシゴシと水分を拭ってから、ヘアクリップを手に取って立ち上がった。

 間違いない。

 萌歌はいまここにいる!

 そう確信した瞬間、私の足は校舎の方へ向かっていた。


「萌歌ぁぁぁあ!! 萌歌ぁぁぁあ!!」


 手をメガホンのようにして名前を叫んだ。

 どこまで自分の声が届くかわからないけど、全身に力を込めて……。

 だが、校舎内を覗き込んでも非常灯の明かりしか見えない。

 歩きながらガラスを一枚一枚の奥を丁寧に見ても彼女の姿は見当たらなかった。


「萌歌ぁぁぁあ!! どこにいるのぉおお?」


 その間にも時計の針は刻一刻とタイムリミットの0時へ近づく。

 気持ちは焦る一方。

 びしょ濡れの頬に、叫びすぎていまにも枯れそうな声。

 彼女が見つかることを祈って目を左右させながら行方を探した。

 ――すると。


 ドンドンドンドン!! ドンドンドンドン!!


 どこかで扉を強く叩いている音が耳に差し込んできた。

 その瞬間、もしかしたらという思いが生まれ……。

 無駄な雑音を拾わない為に足音を最低限に落として探し歩いていると、外に設置されている倉庫の近くでその音が鳴ってることに気づいた。

 すかさず駆け寄ると、そこでようやく……。


 ドンドンドンドン!! ドンドンドンドン!! 


「助けてっ!!」


 ドンドンドンドン!! ドンドンドンドン!!


「誰かっ、助けてぇえええ!!」


 聞き覚えのある声が耳に入った。

 その声が萌歌だと確信すると、私は扉に手をついて呼びかける。


「そこにいるのは萌歌だよね? 私っ、私だよ!! 皐月! ねぇ、聞こえる?」

「さ、皐月……。お願い、助けて……」


 扉の奥からはかすれた声が届く。

 これだけでも充分深刻なのに扉には鍵がかかっている。

 誰が、どうして萌歌にこんな仕打ちを……。

 前代未聞の異常事態に思わず握りこぶしが震える。


「今から助けるからちょっと待っててね!」

「……ありがとう」


 倉庫の鍵は機械式。

 四桁のナンバーを入れれば扉は開かれる。

 自動ロックになっているので、扉が閉まるだけでもロックがかかってしまう仕組みに。


 校舎に設置されている時計を見ると、0時まで残り7分。

 この間に萌歌を救出しなければならない。


「ごめん、倉庫の鍵のナンバー知ってる?」


 いままで順調なことなんて一つもなかった。

 上手くいきそうだと思っても、なんらかの障害が私の未来を立ち塞いでいたから。

 だから、期待をしないまま最後の望みに賭けた。


「9876」

「えっ」

「運動部はみんな倉庫の番号を知ってるの。だから、その番号を押してくれる?」

「あっ、うん! わかった!!」


 私は言われた通りキーを押していくと、鍵はあっさりと開かれる。

 いままでは運命に見放されてきたのに、最後の最後で神様からのプレゼントを受け取ったような気分に。

 扉を開けると、少しやつれた表情の萌歌の姿が視界に入る。

 次第に嬉しさがこみ上げていき、両手いっぱい広げて彼女を包みこんだ。


「萌歌……、探したよ。なかなか帰ってこないから、おかしいなと思って……」

「ごめんね…………。スマホを家に忘れちゃったから連絡出来なかった」

「怪我はない?」

「うん、平気」


 萌歌の体を離してから目を向けると、彼女は少し笑顔を取り戻してくれた。


「一体誰にこんなことをされたの?」

「…………実は、ダンスグループのメンバーと一緒にここへ来たの」

「えぇっ?! どうして?」


 確かに先日彼女たちは萌歌の悪口を言っていたけど、さすがにここまでひどい仕打ちをするには別の理由があると思って聞いた。

 すると、萌歌は長い髪を耳にかけながら言う。


「実はあたし……。DATTYのオーディションに合格したの」

「えぇっっ?! うそぉぉ、おめでとぉぉ〜〜!!」

「ありがと。いい形で伝えられなくてごめんね。本当は一番に伝えたかったのに」

「いいんだよ……。私は萌歌の口から聞きたかったから」

「……でもね、もう一人の合格者は別のグループの人。だから、メンバーに逆恨みされちゃって……」


 その瞬間、萌歌の瞳からツーっと一筋の光が流れた。


「そっ、そんな……、酷い……。」

「ほら、私みんなに好かれてなかったでしょ。メンバーに打ち上げしようって言われたから『今日は誕生日』と言って断ったんだけど、『ちょっとだけだから』と言われて連れて行かれた先がここだった。その時はまさか自分が監禁されるなんて思ってなかったし、こんな時に限ってスマホを家に忘れてきちゃったし」

「萌歌……」

「あんたが来るまで暗闇の中で一人で考えてた。このまま世に出て成功したとしても嫌われたままなんじゃないかなって……。そしたら、何が正解かわからなくなっちゃったよ……」

「そんなことない。萌歌は人一倍カッコいいよ! 努力家で、自分に自信があって、頑張り屋で……」

「ううん。自信なんてないの……。あたしがこのままDATTYのメンバーになっても足を引っ張り続けちゃうんじゃないかと思って」


 まるで別人のように弱気になっている彼女を見て、胸がぎゅうぎゅうと締め付けられていく。

 でも、ここはパラレルワールド。

 私の瞳には明るい未来しか見えていない。


「萌歌、月を見てごらん」

「えっ」

「今日もキレイに輝いてるよ」

「ホントだ……」


 彼女は顔を上げて空を見つめると、瞳に溜まっていた雫が一斉に頬へ流れた。


「萌歌はあの美しい月と同じ。いつも輝いていてみんなの視線を集めているの」

「そんなことない。あたしはみんなに嫌……」

「ここはパラレルワールド。人間の性格が反転してるの。ここで嫌われてるということは、元の世界ではどうだと思う?」

「えっ……」


 私は目を潤ませたまま彼女の手を取りニコッと微笑む。


「萌歌は嫌われてなんてない。この世界は全てが反対なんだよ」

「えっ……」

「好きな人は嫌いに。嫌いな人は好きになってるの。つまり、この世界で仲間に嫌われてるということは、元の世界でそれだけ愛されてたってこと。多分、それは自分自身が一番感じてたと思う」

「……」

「それに、萌歌は向こうの世界に戻ったらオーディションの話が無くなってるかもしれないと思ってたみたいだけど、佐神先生曰く、両世界では行動パターンやシーンは元の世界と全て同じなんだって。萌歌がオーディションに合格したことも、向こうの世界にはちゃんと引き継がれていると思うよ」

「えっ……」

「…………だから、一緒に帰ろう」


 最後の最後まで悩んだ。

 萌歌の意見を聞き入れるのか、自分の意見を伝えるのかを。

 でも、萌歌がチームの仲間に”愛されてる”ことを知ったら、答えは一つしかなかった。


 私の思いが届くと、彼女は目尻を下げてコクンと頷く。


「わかった。帰ろう……。あっ! でも肝心の鏡がないよ。それに、時間も……」

「鏡ならあるよ」

「えっ」


 私はカバンの中からパープルのラッピング袋を出して渡した。

 彼女はそれを開けると中の物を取り出す。


「これは……、手作りの手鏡?」

「この世界に来た時に萌歌の手鏡を壊しちゃったからプレゼントするなら手鏡にするって決めてたの。自分なりにデコレーションしてみたんだけど、萌歌みたいに上手には仕上げられなかったよ。誕生日プレゼントで渡すつもりが、こんな形で使うことになるなんてね」

「ありがとう。ラインストーンで『MOCA』って書いてくれたんだね。かわいい……。一生大切にするね」


 スマホの時計を見ると、23時59分10秒。

 残り50秒になったのでスマホの時報をつけてスピーカーのボリュームを最大にした。

 もちろん、元の世界へ帰る準備をする為に。


「この世界に思い残しは?」

「……ひとつもないよ。皐月は?」

「うん、私も。あるとしたら、心葉や佐神先生とのお別れが寂しいことくらいかな」

「とても素敵な人たちだったね。桐島にも感謝しなきゃね。……あんたの好きな人なんでしょ?」

「へっっ?! ど、どうしてわかったの……?」

「桐島を見る目がハートになってたから」

「うっっ…………。そっ、そろそろ時間だよ! 心の準備はっ?」

「はいはぁ〜い! おっけー」

「もうっっ!! 意地悪しないで~~っ!」


 萌歌は私たちの顔が鏡に映るように手鏡を高くかざす。

 そして、二人は手をつなぎながらスマホの秒針音声を聞いた。


「そろそろだね。心の準備はいい?」

「うん! 行こう!!」

「3……2……1……。私はこの世界が大好きだぁあああ!!」

「あたしもこの世界だ好きだぁぁあ!!」



…………

………………

…………………………

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