消えた彼女
第23話
――夜20時20分。
私と桐島くんと心葉はリビングの椅子に座って萌歌の帰りを待っていた。
三人ともパーティー帽子をかぶり、壁にはハッピーバースデーのバルーンを貼り付け、テーブルの上にはピザやチキンにケーキやお菓子やジュースを用意してお誕生会の準備もばっちり。
いますぐにでもパーティーは始められる状態だが、肝心な主役は時間になっても帰ってこない。
最初は電車が遅れている程度にしか考えていなかったけど、分針が進む度に気持ちは焦っていく。
桐島くんと心葉は30分前に家に到着。
パーティーの準備を一から手伝ってくれたから、私はゆりさんと食事の準備に専念していた。
クラッカーを鳴らすタイミングとか、十八本のろうそくの配置とか、それぞれのプレゼントの話など、和気あいあいとしながらありとあらゆる支度は整えていたが、音信不通ないまは待ちぼうけ状態に。
「萌歌に電話してみれば?」
「そうしよっか。さすがに連絡した方がいいよね」
私はテーブルに置いているスマホを手に取り、萌歌に電話をかけた。
ところが、連動するように部屋のどこかから電話の着信音が聞こえてくる。
「あれ? 家の中で電話鳴ってない?」
「ちょっと萌歌の部屋を見てくるね!」
私はスマホを持ったまま暗闇に包まれている萌歌の部屋に入ると、着信音と共に画面が点灯しているスマホを発見。
手にとって着信元を見ると、そこには自分の名前が表示されている。
「萌歌ったらスマホを忘れてる……。出掛けは急いでたのに、私が引き止めちゃったせいかな……」
シュンと肩を落としたままリビングに戻ってその旨を二人に告げると、
「じゃあ、萌歌と連絡が取れないってことだよな」
「うん……。こんな大事な日なのに……」
「もしかしたら、メンバーと打ち上げに行ったんじゃない?」
「その可能性はあるね。オーディションに合格してグループのメンバーにお祝いしてもらってたら、電話をするタイミングが失っちゃったのかもね」
「そうなのかなぁ……。だとしたら、このまま二人に残ってもらうのは申し訳ないな」
「私は大丈夫だけど、皐月の家は何時まで平気なの?」
「ゆりさんが22時くらいまでいいよって」
「じゃあ、21時まで様子みる?」
「うん、そうしよう」
私と桐島くんがこの世界で最後の日ということもあって、二人は遅くまで残ってくれることに。
――しかし、夜21時になっても萌歌は帰宅の気配どころか連絡もない。
それに加えて、テーブルを囲んでいる私たちの口数も減っていく。
次第に”もしかしたら”という悪い予感が脳裏をよぎる。
「私、萌歌を探してくる!」
そう叫びながらテーブルに手をついて椅子から腰を浮かせた。
すると、二人も勢いよくそれぞれ席を立つ。
「俺も行く」
「私もっっ!!」
「でも、時間ももう遅いし……」
「それはお前も一緒だろ?」
「探すなら一人より三人の方が早いでしょ!」
「ありがとう……」
私は元の世界でもこの世界でも心強い友だちに救われている。
一旦部屋に荷物を取りに行ってからリビングに戻ると、萌歌の為に用意したプレゼントがふと視界に入った。
もしかしたら、どこかのタイミングでこれが渡せるんじゃないかと思ってカバンの中に詰め込む。
ゆりさんにオーディション会場の場所を教えてもらい、みんなで電車に乗って向かった。
ところが、会場の県立体育館は既に照明が落とされていて付近には人の気配がない。
服や髪がはためくほどの強風に身が煽られながらも、暗闇の中で三人で分担して周辺を探す。
だが、閑散としていて萌歌らしき女性は見当たらない。
聞こえてくるのは虫の音ばかり。
熱風と共にしっとりとした湿気が体力を奪ってくる。
結局、時計が22時半をまわったので諦めて帰ることにした。
私たちは口を噤んだまま帰りの電車に揺られる。
座席が空いていて横並びに座るが、皆の表情は暗い。
ガタン……ゴトン……。
こんなに虚しいお別れ方になるなら朝の段階で『お誕生日おめでとう』と伝えておけばよかった。
誕生日プレゼントも手渡したかった。
『今日までありがとう』って、目を見て伝えたかった。
やり残したことがたくさんあるのに、最後は会えずじまいでこの世界を離れなきゃいけないなんて思いもしなかった。
最寄り駅への到着予想時刻は23時35分。
帰宅してから休む間もなく元の世界に帰る準備を始めなければ間に合わないくらいの時間に。
「ごめんね、こんなに遅くまで付き合わせちゃって」
私はトーンの落ちた声のまま二人にそう告げた。
遅くても22時までに帰らせるつもりが、余計な手間を取らせてしまったのだから。
「ううん。私こそ力になれなくてごめんね」
「そんなことない。二人がいてくれてとても心強かったよ」
「あいつに別れ言葉くらい伝えたかったけど、最後まで会えなくて残念だったな」
「うん。でも、まだ希望は捨ててない。もしかしたら、家に帰ってるかもしれないし」
「さすがにこの時間だから、それはあり得るな」
「心辺りがある場所でもあれば良かったんだけどねぇ〜……」
心葉がポツリとそう呟くと、私の脳内にはある場所の映像が映し出された。
「あっ!! もっ、もしかして……あの場所にいるかも…………」
「え、なに? もしかして心当たりの場所でもあるの?」
「ある!! 萌歌がいるとしたら、この世界で一番思い入れのある場所」
「それは?」
「それはね……」
――そこは、私だけが知ってる場所。
それに加えて、彼女との思い出を唯一繋いでいる場所でもある。
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