二回目のプレゼント

第15話

ーー海を離れてから向かった画材屋で彼は色鉛筆、私は絵の具を購入してから帰宅した。

 早速私は彼の部屋に向かい、椅子に座ってモデルを始めることに。


「ねぇ、似顔絵は私にしたけどタイトルは考えたの?」

「まだ。でも、その人らしさ表現したいと思ってる」

「それはいい案だね! ん〜、メモメモ。似顔絵はその人らしさを表現する」


 私はポケットからスマホを出してメモアプリを開いて入力していく。


「人の案をパクるなよ。……で、お前は誰の似顔絵に?」

「これから考えるところ。(降谷くんと一緒に出かけたいから、さっき参加を決めたなんて言ったら怒られるよね……)でもさ、先日絵を描いてることを内緒にしてって言ってたけど、コンクールに出したらバレちゃうんじゃない?」

「募集要項をちゃんと見なかったの?」

「えっ?」

「公平性を保つために名前は無記名でいいみたいだよ。だから毎年参加してる」

「えっ! 降谷くん、毎年参加してたの? 全然気づかなかった」


 というより、このコンクールに興味がなかったから展示を見に行かなかっただけなんだけどね……。


「無記名だから余計な」

「今年は私がモデルだから降谷くんの作品はすぐにわかるね! 展示が始まったら見に行かないと。私も一票入れるね!」

「ちゃんと他の奴の作品も見ろよ」

「もちろんだよ。降谷くん、将来は画家に?」

「いや、ただの趣味」

「もったいないよ。これだけの実力があるのに」

「よく喋るなぁ……。そろそろ黙ってて。絵に集中したいから」

「はぁ〜い……(だって、こんなにたくさんお話できるチャンスなんて二度とないのに)」


 彼は画用紙に色鉛筆をすべらせた途端、目の色が変わった。

 モデルの私と画用紙を行き来する真剣な眼差し。

 無言の時間。

 集中している目線。

 たまに伏せる長いまつ毛。

 彼の瞳の奥には絵を描く楽しさやワクワク感が詰まっている。それが伝わってくる分、恋の音が止まなくなる。


「ねぇ、絵を描いてる時ってどんな気持ちなの?」

「無心になれるというか、想像の世界に没頭できる。夢中になってる時は嫌なことが全て忘れられるから」

「じゃあ、いまが素の降谷くんなんだね」

「……そ、だから絵を描いてる時は特別」


 彼は唇に人差し指を当ててシッと言う。

 その仕草だけでも胸がキュンっとする。

 私だけを見つめている瞳はこの時間をひとり占めしている証拠に。

 そんなに一生懸命見つめられたら、緊張して体が震えちゃうよ。

 もっともっと好きになっちゃうよ。



 ーー色鉛筆が紙にこすれる音だけが1時間半ほど続いていた。

 息を吐くのも遠慮したくなるくらい、彼は真剣に絵を描いている。

 彼が色鉛筆を置いてから立ち上がったので「もう終わった?」と聞いて私も立ち上がると、彼は先程まで絵を描いていた画用紙を両手に持ってビリビリと破き始めた。


「降谷くん!! どうして絵を破っちゃうの? せっかく描いたのにもったいないよ!」

「……なんか違うなと思って」

「でも、破ることないんじゃない? 気に入らないところに修正を加えれば……」

「別にいい。また一から書き直したいし。あ、もう部屋に帰っていいよ。疲れたから少し休みたいし」

「う、うん……。わかった」


 まだ落ち込んでるのかな。

 そりゃそうだよね。夕方に好きな人が恋人と一緒に目の前を歩いてたんだから。


 私は失恋の傷がチクチクと痛みながら部屋の扉に向かうと……。


「待って」


 彼はポケットから何かを取り出して向けてきたので私は両手のひらを皿にすると、1.5センチ程度の薄ピンク色の貝殻を手渡してきた。

 私はそれをマジマジと眺める。


「これは貝殻?」

「今日のお礼。高台のベンチに座る前に拾ったんだ。なんか、それがお前っぽいなって。小さくて、細くて、頬をピンクにしながら笑っててさ」

「嬉しいっっ!! 一生大事にする!!」


 降谷くんからの二回目のプレゼント。

 一回目は猫の絵。二回目はピンクの貝殻。

 しかも、この可愛らしい貝殻が私っぽいって。

 えへへ、嬉しい……。



 私は部屋に戻ってから5センチほどのコルクの蓋の小瓶に貝殻を入れた。

 机にうつ伏せになり、蓋と底を親指と人差し指でつまんだまま貝殻を眺める。


「んふふふ! この貝殻を拾った時は私のことだけを考えてくれてたんだね。あ、そうだ! これをお守りにして持ち歩こっと。そしたらいつか降谷くんは振り向いてくれるかもしれないね」


 クローゼットから手芸セットを取り出してボールチェーンをつまみ出すと、小瓶のくぼみにボールチェーンを巻いてカバンに装着した。

 指でちょいちょいと小瓶を揺らして状態を確認する。


「装着オッケー! カバンにつけていれば毎日一緒にいられるね。はぁぁぁあ〜〜っ! やっぱり降谷くん最高〜! 大好きぃ〜!!」



 ーーバラ色の同居生活は、残り約3週間。

 さっきは恋愛レベル0って言ってたけど、プレゼントをくれるってことはレベル1くらいに昇格してるよね。

 少しは興味を持ってくれてるよね。


 ……でも、3週間後に彼が家を出ていくと思うと気分が沈む。

 当たり前っていえば、当たり前なんだけど……。

 ううん、いまは忘れよう!

 彼と一緒に暮らしている日々を満喫しよう。

 残り3週間で彼の恋愛レベルがアップするように努力し続けなきゃね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る