モテ男は恋愛下手
第14話
ーー私たちは駅前から20分ほど歩き、ある場所に到着した。
そこは、潮風がびゅうびゅう吹き荒れている海岸。付近には両指で数えられるほどの人たちが波打ち際で遊んでいる。
いま着ているベージュのワンピースが波型になびき、不揃いに揺れる髪に視界が阻まれながらも足を一歩一歩進ませて波打ち際にたつ。
私はメガホンのように口元に両手を揃えると、海に体を向けたまま全身に力を込めて叫んだ。
「私はぁぁあ……、降谷くんが好きぃぃーーー! 降谷くんが他の女性を見ていてもぉぉぉ……、絶対絶対諦めたくなぁぁーーい!!」
波の音にかき消されないくらい大きな声で叫ぶと、彼は私を見てポツリとつぶやいた。
「みつき……」
「えへへっ。これが私のストレス解消法。胸の中に不満を溜めこむより、こうやって海に向けて大声で叫ぶとすっきりするよ」
「それは名案。……でもさ。普通本人目の前にして不満を言う? 逆にこっちの不満がたまるんだけど」
「だって、降谷くんは全然振り向いてくれないんだもん。だから、毎日不満だらけだよ」
「ばーか。……でも、叫んでる時はいままでで一番いい笑顔してた」
ニコリと微笑み返した彼はそう言うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
少し褒められた気になったお陰か頬が熱くなる。
「次は降谷くんの番だよ。思いっきり叫んでね!」
「オッケ」
彼は足を一歩だけ前に進んで砂浜を踏みしめると、両手を口元に当ててメガホンにする。
「さちかが好きだーーっ!! でも、早く忘れてやるからなーー!! これから、あいつよりも俺の方が何十倍にもいい男になってやるからなぁーーっっ!! 幸せになれよーーっ!!」
彼の背中を瞳に映したまま本音を聞いてたら涙で視界が歪んできた。
あぁ、本気で好きだったんだなぁと、彼の気持ちが身にしみるくらい伝わってくる。
不満を口にしていてもその中に愛情はしっかりと含まれているし、私なんて全然敵わないと知らしめるくらい彼女を想っている。
ヤキモチに歯止めが効かなくなったので、サンダルを脱いでから海水に足を浸らせて右掌に水をすくって彼にかけた。
ピシャッ……。
「わっ!! つめてっ……。何するんだよ」
「あはは。少しはすっきりした?」
鼻頭を赤く染めたまま笑顔でそう言うと、彼も同じように海に近づいて海水をすくい、私に水をかけた。
「おかげさまで」
「うわっ、冷たっっ! ……じゃあ、そろそろレベル0から1になったかな?」
「なにそのレベルって」
「恋愛レベルだよ。0は無関心、1は興味あり、2は気になる人、3は好きな人だよ」
「ふぅ〜ん……。お前は3でも俺は0だけどね」
「言ったなぁ〜!!」
ピシャッ。
「つめたぁぁっ! やったなぁ〜っ!!」
ピシャッ。
「あはは……」
二人の間に舞い上がっている水しぶきは夕日に照らされてキラキラと輝いている。
そのしぶきの奥の笑顔は私に幸せをもたらしてくる。
さっきは街で彼女が恋人と歩いてるところを発見して辛いひとときを過ごしていたけど、いまはお腹いっぱいに笑ってくれてる彼。
私にはこんな小さなことしかできないけど、少しは力になれたかな。
二人で笑い合ってるこの瞬間が、どうかこの先も続きますように。
ーーそれから数時間後、サンセットを迎えた。
私たちは少し高台にある屋根付きベンチに移動。
彼が座ってから「ちょっとジュース買ってくるね」と言って自販機を探しに行く。
すぐ裏にある自販機からペットボトルのコーラを2本買って彼の元へ戻ると、彼は海側の手すりに腕をかけて風に煽られながら海の方を眺めていた。
でも、その表情は街中で彼女を見ていた時のことを忘れさせれるくらい凛とした目をしている。
そんな瞳を見ているだけでも胸がトクンと鼓動を打つ。
「降谷くん。ジュース買ってきたよ」
「ん、ありがと」
私は彼にペットボトルを渡して隣で海を見つめた。
二人の髪はゆらゆらと同じ方向に揺らめいている。
「海を眺めていたの?」
「広い海を眺めていたら、俺の悩みなんて小さいなと思って」
「降谷くん……」
「さちかとはバイト先が一緒で2年前に知り合ったんだ。優しくて、心穏やかで、気さくで。彼女の周りにはいつも笑顔が溢れていた。そんな様子を間近で見ているうちに惹かれていって……。4月に保育士になってからは何度か会いに行ってた。結婚すると伝えられたのは夏休みの終わり。結局俺は気持ちも伝えられないまま失恋してた。情けないよなぁ」
彼は海に背中を向けると、ペットボトルの蓋を開けてコーラをぐびっとひと口飲んだ。
私も同じ方向を向き、プシッと炭酸が抜ける音を立てながらペットボトルの蓋を開ける。
「意外。モテ男は恋愛下手なんだね」
「お前みたいにモテない女も恋愛下手だけどな」
「なっっ!!」
「……でも、ありがとう。お陰ですっきりした。さっきは結構参ってたから」
そう言って目を合わせてきた途端、私の胸がトクンと鳴った。
「じゃ……じゃあ、お礼に私の絵を描いてくれる?」
照れくささが隠せずにサッと目をそらしながら言う。
私への恋愛レベルは0だとわかっているけど、1分1秒でも降谷くんの傍に居たいって思うのは贅沢かな。
「いーよ」
「えっ……、いいの?」
「似顔絵コンテストには参加するつもりだったから」
彼の気持ちが前向きになった喜びと、自分をモデルに選んでもらえたことが嬉しくて笑みがこぼれる。
「嬉しい! ありがとう」
「帰ったら時間ある? 締め切りまで2週間ちょいしかないから、いますぐ描かなきゃ間に合わないし」
「あるある! いーーっぱいあるっっ!! 1時間でも、10時間でも、100時間でもっ!」
「……あのさ、一体何時間拘束するつもりだよ」
「降谷くんの為なら一生の時間を使う!!」
「バーカ……」
幸せ……。
降谷くんが私の絵を描いてくれるなんて。きっと一生の宝物になる。
それに、今日は彼女を忘れる努力をしていることを知った。
ずっと不機嫌だったのは、彼女への気持ちを切り離していたからなのかな。
私はこのまま降谷くんに恋をしててもいいのかな。
諦めなくてもいいのかな。
このまま、ずっとずっと一緒にいたいよ……。
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