まさかの同居生活

第2話

降谷涼ふるやりょうです。10月5日までの約1か月間、この家でお世話になるのでよろしくお願いします」


 ーーいま、目の前で信じられない展開が訪れている。

 夢を見ているのだろうか。


 うれしい……というか、

 ラッキー……というか、

 天使が微笑んだ……とでもいうのだろうか。

 それとも、一生分の幸運をいまこの瞬間に使いきってしまったのだろうか。



 最初は失恋が受け入れがたくて同居相手が降谷くんに見えてしまっただけだと思っていた。

 でも、制服のスカートの上からぎゅうっと太ももを握ったら痛かったから夢じゃない。


 いま自宅の玄関先で夕日を浴びたまま私たちに頭を下げているのは、まぎれもなく数時間前に私が告白した降谷くん。

 左手にはスーツケースを握りしめ、背中にはリュックを背負い、右肩にはスポーツバックをぶら下げて立っている。

 そんな彼がなぜ母子家庭の我が家に1か月間だけ同居することになったかというと、母親同士が小学生時代からの親友らしく、降谷くんの両親の九州出張の間の1か月間うちで預かる約束をしたとか。

 そもそも、母は降谷くんの母親と親友なんてひとことも言ってなかったし、同級生の男子をうちで預かることも前日にちらっと口にした程度。

 しかも、その人物はいま玄関扉を開けてから初めて知った。


「さぁさぁ、家に上がって。ほら、みつきもぼーっと眺めてないで荷物受け取ってあげて」

「う、うん……。ど、どうぞ上がって下さい」


 現実を受け入れるのに時間がかかり、なんとも言えぬままスーツケースを掴みながら手で誘導すると、彼は興味の薄い目で私をちらり。


「……なに、ここあんたんちなの?」

「う、うん……。これから1か月間よろしくね」

「……そ」

「あら、あなたたち知り合いなの?」


 片想い事情など知らない母は、私からスーツケースを受け取って部屋の奥へと運びながら問う。


「降谷くんとは、おっ……同じ学校だからね」

「じゃあ、すぐに仲良くできるわね。ほら、そこに突っ立ってないで早く荷物を奥へ」


 母はリビングへ向かうと、彼は後についていくように靴を脱いで玄関を上がった。

 そして、私の横を通り過ぎると背中から素っ気なくひとこと。


「近所に親戚もいないし一人暮らしが反対されたからここへ来ただけ」

「そっ、そうなんだ。こんな偶然があるなんて……」

「あんたにお願いがある」

「えっ、何?」

「同居してても、一切俺に興味を示さないで欲しい。それに、このことは学校の人には秘密にしててね」


 彼は言いたいことだけ告げると母の元へ。

 私は彼が玄関から離れていく前に背中に向けて言った。


「わわわわ……わかってるよ。絶対……ぜええぇぇええったい誰にも言わないっっ!! 秘密にするから!!」


 気分が高揚していたせいか、他のことが考えられなくなるくらい頭の中が真っ白に。

 だってだって、あの降谷くんがこれから1か月間私と生活を共にするなんて信じられない。

 朝同じ時間に起きて、朝晩と同じテーブルで同じものを食べて、同じ部屋の空気を吸って、同じ湯船に浸かって……きゃあああっ!!

 やっばぁ!! 幸せメーターがMAXを振り切って即死レベルに。


 ああああっ……、神様、仏様〜〜〜〜っっ!!

 こんなに素敵な現実をプレゼントしてくれてありがとうございますっっ。

 学校でフラれた時は今回こそは諦めようって思ったりもしたけど、まだ諦めなくてもいいかな。

 降谷くんとの生活をたっぷり満喫したくなる! うっっ、考えただけでも鼻血出そう……。


「みつき〜〜! 玄関で何やってるのよ。早く夕飯作りを手伝ってちょうだい」

「あっ、はーーい! いま行きまぁ〜す♪」


 私はスキップしながらキッチンへ。



 頭の中は妄想モードのスイッチがオンになった。

 これからは降谷くんとの幸せな甘い甘い生活が待っている。

 朝起きたら洗面所でお互いの寝起きの顔を見て「おはよう」って。朝ご飯の時に醤油を取ろうと思ったら降谷くんも手を伸ばしてきてお互いの手が触れたりして。学校に行こうと玄関で靴を履いてると降谷くんが「俺もいまちょうど家を出ようと思ったところだから一緒に行かない?」とか声をかけてきたりして。二人きりで登校してたら「ねぇ、あの子降谷くんの彼女じゃない?」「うわぁ、可愛い子だから私たちは敵わないね〜」なんて噂話なんかされちゃったりして。


 ま、まぁ〜、今日は運悪く失恋してしまったけど、これからまだまだお近づきのチャンスがあるってことよね。

 あぁ、よかったぁああ〜、まだ諦めなくて。

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