三週目②
「見えないんですか、目が」
するとクラウスは、驚いたように双眸を見開くと、やがて、
「ああ……いや、見えない、というほどでもないんだが……」
「ですが……いつも、私に
「睨む!? いや、それは違う誤解だ! その……こうして目を
そしてクラウスは、
じゃあ……あのときの彼も?
雪の中、
ありえない、とは言い切れない。
三年。そう三年も、この人の妻として過ごした。なのに、その目がはっきりと見えていないことに、私は、一度として気づかなかった。
私にとって、クラウスは最後まで敵国の王子にすぎなかった。だから拒絶し、心からも視界からも彼の存在を
なのに見えていなかった。一番大切なはずのものが。
「え、っと……では、なぜ普段は
「それは……こんなものをつけていたら、その、王子としての
「……威厳」
確かに。いくら視界が
なくともカスパリアには、そうした技術が――そうだ!
「じゃあ作りましょう! 新しい眼鏡を!」
「えっ……作る? 新しい眼鏡を……?」
「ええ。カスパリアには、金属やガラスの加工に
古来、カスパリアは貴金属の工芸を得意としている。港を出入りする船乗りのための
「そう……だな。では、
そしてクラウスは、眉間の皺はそのままに目元をふっと
なんだろう、少し、どきどきする。
「と、ころで……この畑は、殿下のご
動揺を悟られるのが怖くて、適当な話題に水を向ける。するとクラウスは、今度は
「実は、ここは試験用の畑なのだ」
「試験用?」
「ああ。おもに国外から麦を中心に穀物の種を集め、我が国の気候でも
「……品種改良」
そういえば。昔からクラウスの領地は、他の土地に比べて収量が
ただ、今のクラウスの話が本当なら、全く違う事実が見えてくる。
「あっ……す、すまない。その、
「いえいえ、興味深いお話ですわ! むしろ、もっとご教授頂きたいぐらいです」
ところがクラウスは、なぜか
「いや、正直に答えてくれ。……昔からの悪い
「えっ?」
愛想を尽かされた? てっきり、ロルフに一方的に奪われたとばかり思い込んでいたのだけど。それはそれとして、
「で、ですが、殿下のこうした研究のおかげで、
するとクラウスは、ようやくふわりと
「貴国さえよければ、いつでも種子を提供できるとも」
「えっ? いえ、さすがにそれは――」
「
そしてクラウスは、目の前の
「確かに、収量を増やすなら戦争で土地そのものを増やす方が手っ取り早い。ただ私は、そうではない未来を……争いに
王位
これが……私の夫。
私が、愛を持たずに嫁ぎ、そして別れた。
「……申し訳、ありません。殿下」
するとクラウスは、案の定、怪訝な顔で振り返る。なぜ謝られているのかわからない、そんな顔。……そう、これは〝ここ〞のクラウスに対する謝罪ではない。だから目の前の彼に思い当たる節がないのは当然で、でも私は、どうしても彼に謝りたかったのだ。
「なぜ……謝る?」
「えっ、それは……ええと、てっきり、いい人と会っていらしたのかと……その誤解を謝罪したく……」
さすがに未来のことを口にできるはずもなくて、さしあたり思いついた言い訳を述べる。でも、よく考えたらこれもこれで差し|障(さわ)りのある話題である。
「いい人? それは……愛人のことか? いや、それは誤解だ。君以外の女性とわざわざ会う理由がどこにある」
「だ、だって、国のためとはいえ、好みでもない女を無理やり
「不満? そんなまさか! そもそも、今回の
そしてクラウスは、口の中でもごもごと言葉を
「君の方こそ、このような
言い切ると、今度はなぜか頰と耳を赤くして
「……本当なんだ」
「い、いえ……別に、疑うつもりはございませんが……」
少なくとも、彼の言葉に噓の色はない。ただ、だとするなら私は、多くの誤解をこの人に対して抱いていたことになる。
「と、とにかく、誤解が解けて良かったです。ええ」
「そうだな。早めに解けて良かった。さもなければいずれ、取り返しのつかない
そしてクラウスは、
早めに? ……いいえ、むしろ
あの人に、妻としてまっすぐに向き合っていれば、あるいは今回のように打ち解ける未来もあったのかもしれない。けど、そうはならなかった。だから私は〝ここ〞にいて、取り戻すことのできないあなた││ いえ、あの人との悲しいすれ違いを
歴史は、何度だってやり直すことができる。
でも、私に呪文を
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