二周目⑤
*****
その後もどうにか人脈作りを試みるも、結局、はかばかしい結果は得られなかった。
相変わらず私は社交界から
それは、八月の暑い
この夜、私とクラウスは王太子ギルベルトが主催する
エデルガルトでは、王子たちにはそれぞれ宮殿が与えられる。私が暮らすのは、冬の宮殿と呼ばれるクラウスの居城。クラウスが冬生まれであることと、その美しい銀髪が冬の雪を連想させることからその名がつけられたそうだ。
一方、ギルベルトの宮殿は夏の宮殿と呼ばれている。ギルベルトの、豊かに実った麦畑に似た美しい金髪と、
その王太子ギルベルトが住まう夏の宮殿は、私たちが
何という人望。事実、後のカスパリア
ぎちり。
あの地獄のような日々がふと
「どうした」
「……いえ、何でもございません」
隣を歩くクラウスに辛うじて笑みを返すと、改めて、
美しい
その大広間は、早くも
流行のデザインや素材を取り入れたドレスを、ここぞとばかりに見せつける女性たち。その姿は、パートナーの地位と財力とを示すカタログでもある。力のある家の女性は、最新の流行を
そんな中、私もまた女性たちの品評に晒されていた。
ただ、三年前の私ならともかく、今の私は、こうした場での身の処し方を多少は心得ている。今夜のドレスは、やや時代遅れの、それでいて手入れの行き届いたクラシックなエデルガルト産のドレス。本来はここに、カスパリア特産の
カスパリアのレースや宝飾品は、自慢ではないが
事実、前回はそうして失敗した。自国の商品をアピールするつもりで身に着けて回った結果、得られたのは
今回は……とりあえず、敵を作ることは
「あら、今夜はカスパリアのドレスはお
さっそく、いつも慈善活動で顔を合わせるゴドフリー伯爵夫人が、私のドレスに食いついてくる。
「え、ええ……今宵は、クラウス殿下のお母さまがお召しだったものを、この舞踏会のために仕立て直しました」
「ああ、どうりで見覚えがあると思いましたの。……ふふっ、身に着ける人間次第で、こうも印象が変わるものですのね」
そして、あからさまな
冬の宮殿には、クラウスの母エリザ妃の巨大な
そんな彼女の美貌に張り合うつもりは、元より私にはない。
そもそも、カスパリア人とエデルガルト人とでは美の基準がまるで違う。カスパリア人は、
そんな気色の悪い見た目の女が、かつてエデルガルト社交界の華とも呼ばれたエリザ妃に張り合うかのように同じドレスを纏っている。彼女たちにしてみればとんだ
この程度の
「うふふ、今宵は殿下との初の舞踏会でございますので、
すると夫人は、どこか白けた顔で鼻を鳴らし、フロアの方へと去ってゆく。
夫人を見送ると、私はほっと溜息をつく。今と同じやりとりを、今夜だけで何度繰り返すことになるのかと思うと、早くも気分が
「私は、似合っていると思う」
「……は?」
振り返ると、クラウスがじっと私を見下ろしている。……似合っている? いや、今の流れでどうしてそんな。嫌味ならひどすぎるし、冗談としてもあまりにセンスがない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、クラウスは困ったように眉根を寄せる。
「ひょっとして……また私は、何か気に
「……いえ」
もはや何も答える気になれない私は、それきり黙って広間に目を戻す。
この数カ月の付き合いで(といっても、たまに廊下ですれ違うだけの薄いものだったけど)、一つだけ解けた誤解がある。この人の
ただ、会話の方は相変わらず
せめて話題だけでも合わせられたら良いのだけど、あの人についてわかることなんて、公務に対しては熱心なことと、昼間に愛人(?)と会っていることぐらい。
そんな噛み合わなさを、この人もこの人なりに感じ取っているのだろう。ここ最近、クラウスの態度には私への遠慮―― というより、敬遠が目につく。ただでさえ少なかった会
話はさらに減った。無益とわかっているなら、そもそも会話なんてしなければいい。そんな後ろ向きの割り切りすら感じられる。
あの人――前回の歴史での
広間の
力強く波打つ金髪。真っ赤な血色の瞳。クラウスのような冷たい美貌とはまた違う、
王太子ギルベルト。私の祖国を亡ぼした男。
「どうした、ミラ」
「いえ……参りましょう」
意を決し、足を踏み出す。ギルベルトは、遠目にもすぐに私たちの姿に気づくと、周囲の客に道を空けるよう
「今宵は、お招き頂きありがとうございます」
ようやくギルベルトの前に進み出たところで、私は
代わりに、今は全力で取り入る。それが私の闘いだ。
「ミラ妃か。どうだ、こちらでの新しい生活は」
「はい。
皮肉の色を込めたくなるのを辛うじて堪え、努めてにこやかに答える。するとギルベルトは、満足顔で大きく頷く。どうやら本心はうまく隠し通せたようだ。
「それは
「お言葉、痛み入ります」
何が良好な関係だ―― そう、喉元までこみあげる
では何も起きていない。まだ何も。
止められるのだ。〝ここ〞でなら……。
「クラウス。ミラ妃の覚悟が実を結ぶかどうかは、これからのお前の働きにもかかっている。お前も、どうか心してほしい」
「はい」
その後、私とクラウスは
「殿下、ダンスはいかがなさいます?」
するとクラウスは、物音に驚いた
「い、いや……私は結構だ。君は、好きに
そしてクラウスは、いつもの学者仲間のもとへ足早に歩いてゆく。……えっ、たった今ギルベルトに
それに、あの人のああいう態度は今に始まったものじゃない。
三年前の
背後でひそひそと声がする。物見高いご婦人たちが、私の姿に
結局、これまでの社交界での
「貴様がクラウスの
見ると、いつしか
エデルガルト王国第二王子、ロルフだ。
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