敵国で冷遇された皇女様は夫の愛に気づかない
路地裏乃猫/ビーズログ文庫
プロローグ
いっそ、全てをやり直すことができたなら―― 。
この
三年前、祖国と深い
馬車に向かう足を止め、今一度、背後の宮殿を見上げる。
それでも、あの男の非情さに比べるなら。
私と同様、国のために
「……ふぅ」
何となしについた
結局、私はこの国で、何ひとつ
帰るべき祖国はすでになく。夫にはあっさり見捨てられて。
そんな私に、もはや帰るべき場所などどこにもなかった。祖国も家族も、友すら残されていない。この馬車が向かう先にあるという北の最果ての城に着いたなら、以後一生、私はそこで暮らすことになる。おそらく、
「ミラ」
ふと名を呼ばれ、私は声の主を
たった今私が後にした宮殿の
「……クラウス
ただでさえ
そんな彼も、今や正真
ああ、せいせいする。
口先だけで平和を唱えながら、その実、何の力も貸してはくれなかった。この男に嫁ぎさえしなければ、あるいは
祖国を、家族を、友を救えたのかもしれない。
「手を」
「えっ?」
「左手だ」
「も……申し訳ありません。すぐに、お返し
気づいてしまえばこんなもの、もう一秒だって嵌めていたくない。すぐさま右手で指輪を
「トルガルデ、エアリパスカ、ラミ」
「……え?」
「復唱を。トルガルデ、エアリパスカ、ラミ」
「ト……トルガルデ、エアリパスカ、ラミ……?」
とりあえず復唱。するとクラウスは、今度は外せとばかりに握る手をそっと
何だったの、今のやりとりは……?
ああ、これで本当のさよならね。
最後まで愛しもできず、また愛されもしなかった。
あなたもそうでしょう、クラウス――。
「……?」
降りしきる雪のひと
その光景がふと、三年前の
それは、歴史上前例のない出来事だった。
この数百年、たえず
式場となった聖堂には、双方の国から多くの貴族
――
朗々と
夫の国に祖国を亡ぼされて以来、毎日のように浴びた酒は私の身体を
てしまった。手も指も、棒切れに
そんな私の疑問をよそに、
まるで……花びらのようだ。
いや、むしろこれは花びらそのもの。白い薔薇の。
「誓います」
「……えっ?」
不意に聞こえた男の声に、はっと顔を上げる。
そして、見る。白の礼服に身を包んだ男の姿を。
こちらを見下ろす冷ややかな
それでも、仮にもあの男の妻として三年過ごした私は、この男が元夫本人だと確信する。その上で……なぜ、と思う。なぜ彼は、こんな
「どう……いうこと……?」
見間違いなんかじゃない。ここは、私たちが挙式を
私が嫁いだエデルガルトは、伝統的にすぐれた建築技術を有している。その
丸天井の南側には、ステンドグラスつきの天窓が開き、そこから
「新婦ミラ゠カスパリア」
「えっ」
不意に名を呼ばれ、振り返る。そこで私は、自分が確かに「新婦」と呼ばれたことに気づいてまた
一体、何がどうなって……?
そんな私の混乱をよそに、神官はうおっほん、と聞こえよがしの
「新婦ミラ゠カスパリア。あなたは新郎、クラウス゠ルクス゠エデルガルトに永遠の愛を誓いますか」
「……愛」
その問いに、改めて私は目の前の男に視線を
永遠の愛? そんなもの、私の胸のどこを探してもありはしない。妻の祖国が亡びるさまを、
確かに外交上は、もはや私は妻に置くには無価値な存在だったろう。
でも人間として、そんな非道が許されていいの? そもそも我が祖国は、他ならぬお前たちに亡ぼされたというのに。
そんな男の、何をどう愛せというの。
私は、もう決して
あんな、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます