わたしの家にはヒモ(自称)がいる

橘みかん

1.猛暑のうどん

第1話

「ただいまぁ。」


 玄関を開ければ明るい部屋。暖かい空気。これが部屋に人がいるということかあ、と今日も実感する。半年前までは考えもしなかった生活だ。


 ふんわりとかおる味噌汁と...これはーー肉じゃがのかおりに頬を緩ませながら私は靴をぬいだ。


 私も彼も肉じゃがの肉は牛肉派。ワクワクとしながら肉じゃがのかおりを胸いっぱいに吸い込んだ。


 玄関にヒールをぽんぽん脱ぎ捨て、コートをかけて揃えられたスリッパをはく。


 タイツで廊下を歩くのは寒いだろう、と彼が買ってきたスリッパだ。私の実家にスリッパなどというものはなかった(なぜならば廊下も全て床暖房がついていた)ので、何とも新鮮なアイテムだった。このパタパタという音も面白い。


 ピンクでレースがついたスリッパは少々はずかしかったがわざわざ買ってくれたものに文句を言えるわけもなく諦めてはいている。


 ちなみに彼はピンクでヒラヒラしている私をみて「似合いすぎる」とゲラゲラ笑いやがった。色々言いたかったがグッと堪えた。私はピンクのひらひらは好みじゃない。


 短い廊下をテクテクと歩けば彼がひょっこりと顔を出してくる。


「おかえりぃ、千紗。外寒かった?」


 こういう所作はすごくかわいい男だ、彼は。あまり威圧感のない体つきに柔らかな表情、育ちゆえの品の良さが嫌味なく自然に距離を詰めさせるんだと思う。それでいて少しいけずなギャップが手放しがたい気持ちにさせる。


 全くヒモ体質とでも言おうか。


 しかしそれを思いながら半年間彼を家に置いてお小遣いを渡している私が1番だめなやつである。


 寒かったよーと間延びした声を返しながら、私はこの女子力の高すぎるヒモ(自称)を拾った経緯を思い出していた。何とこのヒモは炊事洗濯掃除をしてくれるのである。なんならほんの少しだけどお金を稼いで私に支払ってくる。ヒモの定義とは?


 果たして彼をヒモと呼んでいいのか、私の目下の悩みはそれである。ただし彼は自分でヒモを自称している。

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