少女の選択

「その願い、しかと聞き受けた」


途端、入り口の扉と向かい合うように、もう1枚の扉が現われた。

それはちょうど彼が立つ目の前に。


「現し世へ、月の光を頼りに進むといい」


朔さんが、その扉を開けて「さぁ」と手で先を指し示す。


ゆっくりと立ち上がり、扉へ近づく。

向こう側を覗き見れば、夜の闇に包まれているような真っ暗な空間がどこまでも広がっている中、

銀色の光が真っ直ぐに1本スルスルと伸びていた。


まるで2人のようだ。


「私、また2人に会いたい」

「次に会う時は、その人生を満喫したあと、だね」

「覚えてるから」


そう言えば「どうだろう」と困ったように朔さんは笑った。


「どうやら、現し世に戻るとここでの記憶は無くなってしまうようだからね」

「そんな!嫌です!!」


だって、だって…!


「忘れちゃったら誰が2人を描くっていうんですか!!

 私は絶対、絶対に、この記憶を持って戻ります!そして2人を絵に描きます!!」


描けなくなるなんて、泣く!!


天を仰ぎながら涙を堪えていれば、しばしポカンとしていた神様たちは声を上げて笑った。


「そうだな、いつかその絵を見せてもらおうか」


最後の最後に美しい2人を目に焼き付けて。


「ありがとうございました。また、何十年後かに」


深く深く、頭を下げた。


「僕らは、ただ迷わず目的地へ行けるように案内するだけだよ」


私、2人に出会えて良かったなぁ。


「朔、そろそろ扉が閉まる」

「あぁ、本当だ。さぁお嬢さん、生きな」


促されて一歩、足を踏み入れる。


「また、いつか!」

「いってらっしゃい」


とん、と優しく背中を押されて身体が完全に扉をくぐると、それは消えてしまった。

ただ、まっすぐに伸びている光を辿るように足を進める。


あぁ、なんだか、この暗闇に包まれながら月明かりを頼りに歩く、この感じ。

あの作品みたいだ。

もしかして、あの作者さんも……





「……――る!?俺の声聞こえてる!?」


耳元で鼓膜を揺らす大きな声。

うっすらと開けた視界はぼんやりしていて、ただ白い天井と明るい空間があることは分かった。


「ねぇ!!返事して!!ね、」

「うるさい、先輩」


聞き慣れた声と、少しずつクリアになった視界に写り込んだ今にも泣きだしそうな顔。


「なんで目覚めて一言目がそれなんだよぉー!!」


いよいよ泣き出した彼は、ぼたぼたと目から雫を落とす。


「お、起き、起き…!」


そんな先輩の隣には、わたわたと慌ててナースコールを押す彼女の姿。

どれほど泣いたのだろうか、目がぱんぱんに腫れている。


そんな大切な2人を見ながらぼんやりする頭をフル回転させる。

何か言わないといけなかったことがあったはず。

背中を押してくれた人たちがいた。

えっと、えっと…誰に会ってたんだっけ…?

私が伝えないといけないことは…


「あぁ、そうだ、先輩」

「なぁんだよぉ」

「美大の卒業制作発表会、一緒に行きましょうね」


酸素マスクがついたまま、掠れた声で伝えたそれは、

おいおいと恥ずかしげもなく泣き続ける彼にもしっかり届いたようで、


「え、あ…今それ言うのかよぉー」


なんて、垂れた奥二重がさらにへにゃりと下がる。

「絶対行こうなぁー」と泣きながら返事をくれた彼に、ふっと笑みが零れた。


「これ、お守り代わりにずっと持ってたけど、他にもご利益あんのかもぉー」

「一旦、泣き止んだらどうですか」

「止まんないんだよぉー」


ぐずぐずと鼻をすする彼が手にしていたものは、クリスマスマーケットで買ったお揃いのポストカード。

真っ暗な空に浮かぶ三日月が、該当のない住宅街に一筋の道を照らしている。


「これに、そんなご利益ないと思いますけど…」


でも、この絵、なんだろう…なんだかすごく…

こう、何か、なんだっけ。

似たような道を歩いた気がする…



”生きな”



脳裏に響く、綺麗な低音。


パンッと記憶が蘇る感覚に、ぼんやりしていた頭が目を覚ます。



そうだ、私には、やらなきゃいけないことがあった。



「先輩、画材、ください」

「え、は、画材!?なに言ってるの!?」

「描きたいものがあるんです。どうしても、今すぐ、また忘れる前に!!」

「今の今まで眠ってた人が描きたいものって何!?」


突拍子もないリクエストに、ひゅんと涙が引っ込んだ彼が問う。

私はそれに、目を輝かせて答えた。



「狭間の神様!!」




――少女の選択

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