第9話

「なんで?」

「え?」

「だって、牧くん、引っ越しちゃったし」

「うん、親の転勤で急に引っ越しになっちゃって。で、高校を機にまたこっちの方に戻ってきたんだよね。今は隣町に住んでるよ」


 そう言われたら、牧くんの制服は隣の男子校の制服じゃないか。

 進学校で有名なあの学校だ。


「牧くんって、頭いいね、やっぱり」


 制服を指さしてつぶやく私に牧くんはクックと笑う。


「久しぶりの会話がそれ?」

「あ」


 口を開けて固まった私の顔を見て更に笑う。


「久しぶりだけど、三原って、やっぱ傘持ってないんだね」

「持ってないわけじゃなくて、忘れただけだよ! あの日も!」

「この時期に忘れるとか冒険者なの? それとも紫陽花みたいに水浴びしたい?」


 ホラと私のために開けてくれる傘の左側。

 パランパランと響く雨音に急かされるように飛び込んだ。


「駅まで一緒でしょ」

「はい、じゃあ、その、よろしくお願いします」

「うん、一回貸しにしとくわ」

「また、それ言う!」


 まるであの日の続きみたいに会話が弾みだす。

 牧くんの右肩を濡らしながら。


「何度か駅で見かけてた、三原のこと」

「え? そうなの?」

「うん、相変わらず友達と一緒で楽しそうだなって」

「もっと早く話しかけてくれたらよかったのに」

「思春期男子には難しい。男子ばっかの中にいるせいで女子に話しかけるなんてどんだけハードル高いことか。さっきだって大分勇気だした」

「じゃあ今度見かけたら私から話しかけようかな」

「そうして貰えたら助かる。その代わりまた三原が雨宿りしてたら、オレが拾うから」


 見上げたら牧くんと視線が絡んだ。

 その優しい目を観ていられずに、視線を足元の水撥ねに彷徨わせる。

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