第2話
執務室に到着したエリーゼを迎え入れたブルゴーヌ王国の宰相は、「今日は非番のはず……」隣に立つオリバーに目を丸くしたが、
「そろそろ評議会の時間ではありませんか? 貴族院の方々がお待ちでしょうから急がれては?」
冷たい目をしたオリバーに促され、挨拶もそこそこに、
「それではエリーゼ姫、こちらの応接間をお使いください。どうか我が国に、賢姫の良案をお授けください」
そそくさと執務室から退出していった。
「上役からも部下からも、ずいぶんと怖がられているようだけど」
「おそらく賢姫を前にして、緊張したのでしょう」
「さっきマルコが、冷血鉄仮面って云っていたわね」
「それは忘れてください。そうしていただかないと、弟が可哀そうなことになってしまいます」
「部下イジメはダメよ。厳しくも思いやりをもって接しないと、良い人材は育たないわ」
「心得ておきます。しかし、それならばより実践的に学びたいですね。人材育成とは何かを。できれば聡明な姫のおそばで、わたしを
「やめてよ。大国の宰相補佐官に見合うだけの給金なんて、ルーベシランでは払えないわ」
軽口をたたきながら、担当文官が待つ応接間へと足を踏み入れたエリーゼだったが、今度は自分が目を丸くする番だった。
—— いったい、なぜ?
応接間には、これ以上はない、という
巨城にふさわしい重厚感あふれる応接間の調度品は、どれも一級品で、これまで幾人もの要人を心地よく迎え入れてきたであろう 。難しい交渉があったとしても、おそらく話し合いがはじまる前は、漂う空気は少なからず和やかなものだったはず—— 本日以外は。
両者の睨み合いを正面から見る形で、エリーゼと担当文官もまた、
「…………」
「…………」
向かい合い、互いに押し黙って、座っていた。言わずもがな、居心地は最悪。一番可哀相なのは、何も知らずにやってきて、冷や汗をかいて縮こまっている文官だ。
同盟国となる予定の王子殿下と冷血鉄仮面と噂される自国の宰相補佐官が、殺気する漂わせながら居座っているのだから。
青い顔をした文官は助けをもとめるように、エリーゼへと視線を送ってくる。
—— この状況を、わたしにどうしろと?
と、思わなくもないが、このままでは一向に話が進まない。
「そろそろ、わたしが呼ばれた理由をご説明いただきたいのだけど、このまま話をすすめてもいいのかしら?」
エリーゼの言葉を皮切りに、睨み合う両者が口を開く。
「ライオネル帝国の王子には、ご退出いただいたほうがいいのでは? この場に必要とは、まったく思えない」
「それは、そちらの方だろう。担当文官がいるのに、担当でもない宰相補佐官がしゃしゃり出てくる必要はない。こちらは今回の件に関して、ブルゴーヌ国王陛下から正式に要請を受け、駐留を許可されている」
「ルーベシランの賢姫を拉致まがいにお連れしろとの要請はなかったと思うが、さて、担当文官、キミはどう思う?」
急に話を振られた文官は、口をパクパク、半泣きでエリーゼを見つめてきた。
—— もう、しょうがないわね。
「そこまでよ。時間がもったいないわ。どうぞ、このままご説明をお願いします」
ようやくはじまった文官からの説明は、小一時間を要した。
すべての説明を聞き終えたエリーゼは、滞在する客室へと戻り、グロリアが淹れてくれた紅茶をのみながら、手元の小石の断面をしげしげと見つめる。
「見事な金剛石だわ。鑑定してみないとわからないけど、かなりの高純度だと思う」
金剛石 —— ダイヤモンドは、宝飾品としても工業用ダイヤとしても価値が高い。
「地殻変動で現れた鉱道から、高純度の金剛石が出るなんて、鉱山を所有する王国って、本当に羨ましいわ。まあ、でも —— 採掘できなければ、宝の山の持ち腐れではあるけれど」
ブルゴーヌ王国が抱える問題は、まさしく死活問題だった。
いわゆる、財政難。
まだ表には出てきていないが、数年前からはじまった築城と水路の整備に莫大な費用がかかり、長年にわたる周辺諸国との領土争いによって、年をおうごどに
これは早急に手を打たないと、大国が傾きかねない。
ただ、
オリバーいわく、
「発見された鉱石で穴埋めできると思いましたので。それがまさか封印されているとは調査不足でした」
とか、なんとか。あきらかに嘘とわかる言い訳をしていた。
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