春の夜
第1話
囚われてから数時間が経過した塔で、エリーゼは丘に沈みゆく夕日を、格子のある窓辺から眺めていた。
眼下に広がるのは、鬱蒼とした賢者の森。日の暮れかかった森はすでに陰気な暗さを抱え、空気までも澱んでいるように見えた。
いったい、何が悪かったのか。
小国とはいえ、一国の姫君である自分が監禁されるとは……
お天道様もさぞかし驚いていることだろう。
自国の守護神である
≪ 信仰がたりないんじゃないの ≫
憤慨しているに違いない。
エリーゼは、月光のようだと称えらる美しい銀髪を指で
最近、ちょっと調子に乗りすぎていたのだろうか。
しかし、少々の棘と毒をはらんだエリーゼの口撃は、自国にとって必要不可欠であり、それが彼女の魅力であり、最大の武器であった。
なぜなら ——
海洋に面した南をのぞく3方向を強大国に囲まれた我がルーベシラン王国は、それはそれは小国なのであるから。
小国ルーベシランの第1姫、エリーゼ・ルーナ・アンジェッタ・ルーベシランは、
真珠色の肌に薔薇色の頬を持ち、麗しい唇から紡がれる千一夜の物語は、美しい夢の調べ。
月光色の髪に色鮮やかなエメラルド・グリーンの瞳が輝く、類まれなる賢姫。
ただし、口を開かなければ。
☆ ☆ ☆
エリーゼ姫、ただいま17歳。
「傾国の美姫」を得ようと、各国の王子や有力貴族たちが次々と婚姻の申し入れにやってきて、はや数年が経った。
婚姻どころか、いまだ婚約者候補すらおらず。
ルーベシランおよび周辺国の王侯貴族の初婚年齢は平均15歳であるからして、少々行き遅れ気味である。
理由は、彼女の結婚条件にあった。
「未来の夫となる御方に、わたくしが求めるのはただ1つ。それは知識と教養において、わたくしより優れていることです。身分や容姿、そんなものは森に生える雑草と同じくらい、どうでもよろしいのです」
身分も地位も関係なしに、知識自慢の残念容姿たちが、こぞってルーべシランを訪れたが、
「貴方、自国の主要産業である黒麦の収穫高も把握しておられないのですか?」
エメラルドグリーンの瞳が、近隣国宰相の三男とやらに、雑草を見るよりも冷たい光を放つ。
「
「……はい」
宰相の息子は、話の半分も理解していない顔で頷いた。
エリーゼの美しい眉が、イラただしげにあがる。
ほとんど理解してないのね、このボンクラ息子が。
「貴方との時間は双方において益がありません! 次の御方!」
近年。
ルーベシランの謁見の間では、婚姻申込者に対するエリーゼの棘あり毒ありの口撃が、日常化していた。
婚約者などできるはずもなく。
父は玉座にて頭を抱え、母である王妃はニンマリとした。
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