リトルガーディアン

とすけ

小学生編

第1話 前世

 氷の弾丸にぶつかった。

 その勢いのまま、レインは背中を地に打ち付ける。


 肺から空気が全部放り出されて。

 でも、吐き出した空気が自分の中に戻ってこない。

 吸えない。叫べない。苦しい──。


 疑問を確かめる間もなかった。貫かれたみぞおち当たりが激痛で燃え上がっていく。


 生まれて初めて味う地獄の苦しみに錯乱し、痛みの根源である腹部に両手をあてがおうとして。

 そこに、触れられるはずだった腹の皮膚がなく、生暖かい、ぬめっとした肉に包まれて、さらなる激痛に視界が白む。

 そして確信した。


 ────死ぬ。死ぬ、ここで死ぬのか。


 地を掻く血まみれの手のひらに、荒野の砂が纏わりついていく。

 身体からも急速に熱が奪われ、意識が遠くなる。

 痛みも薄れ行き、沸騰していた頭にほんの少し、考える余地が生まれゆく。




 そうだ。討つべき敵は?

 どうなった?

 誰かが獲ったか?



 最後の力を振り絞り、小さな砦の上に立っていた標的に、目の焦点を合わせると同時に。

 我が中隊16名の全滅を悟った。


 視野が他人よりも広くなるだけの、凡人極まる"神の加護"。

 今回は知らなきゃ良かったことだけ教えてくれた。




 そして、標的は砦の上で片手に美女を抱え、余裕たっぷりにその頬に口付ける。




 死屍累々の光景を前に、あんな事を……。


 口から溢れ出した血の泡が弾ける。

 そして今度こそ、その意識は闇に沈んだ。

 深く、深く、深く彼方の、さらに奥まで。




 *


 レイン。

 ただのレイン。


 彼は武力こそ誉れたる世に生まれた、とある国の片田舎の村男。


 レインは100人に1人がその身に宿すという、神の加護『鷹の眼』を持っていた。

 そして村一番、剣が強かった。

 子供の頃から敵なしで、駐在する衛兵にもその腕をほめられ続けたものだ。


 16歳で成人すると同時に己が剣で名を売るのだと、村を飛び出した。

 自信はあった。

 だから旅の前日。「才能で全部決まる世界だ。俺みたいな逃げ打てるやつになれよ」なんて、酒場の常連の衛兵に真面目腐った顔で言われた時にゃ「剣士が背ぇ向けられっかよ」って笑い飛ばせた。


 ────その3か月後に、レインは隣国との国境にて、形式美の様な小競り合いに傭兵として出向き人知れず死んだ。




 *



 瞳が、瞼の裏を映している事に気づいた。

 恐怖でしばらく開けなかった瞼を薄く開くと、蛍光灯が列を成す無機質な天井があった。

 首を横に向けると、看護師の女性が隣のベッドで点滴を代えている……ここは病院で決まりだ。


 なぜ病院にいるかは思い出せないが、ひとまず、神戸藍斗こうべらんとは安堵した。


 ただの夢だったか?そう思いながらも、すぐに自ら否定した。

 この恐慌から震える手、滲み出る汗をどう説明すればいい。

 これは紛れもなく、レイン前世の記憶だ。


 そして、ふと思うところがあり、瞼に手のひらをあてがい、気づいた。

 レインの神の加護鷹の眼


 それだけが失われていないことに。

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