第2話 

 私立明桜大学医学部の入学試験。先ほど数学の試験が終わって今は昼休み。

 試験会場になっている明桜大学医学部の校舎。その校舎内の教室で昼食をとっている者もいれば、出入りが許可されている中庭で昼食を取っている者もいる。中庭は結構広くて、そこここにベンチが置いてある。池もあって、その池を取り巻くコンクリートに腰を下ろしている者もいるし、芝生に直接座っている者もいる。座る位置は様々だがそこに居るのは全員今日の医学部の入学試験を受けている受験生である。ほとんどの者は一様に押し黙って黙々と食べ物を口に運んでいる。おそらく味わってなどいない。

 この期に及んでまだ参考書を広げている者もいるし、和やかに固まってお喋りをしているのは、きっと現役生だろう。


 医学部の受験会場というのは他学部と違う独特の雰囲気がある。それは浪人生の占める割合が他学部と比べて圧倒的に高いことに起因すると僕は思う。

 明らかに現役生でない風貌の者も結構いるが、浪人歴が長い者はたいてい真剣なまなざしを通り越して、どこか虚ろな目で空を見つめていたりする。かく言う僕も、明桜大は2回目だが、浪人歴3年、今年で4回目の入学試験である。

 現役のときは有名国立大の医学部を受験して玉砕した。2年目は偏差値の比較的低い地方国立大の医学部を受験したがそれも玉砕した。3年目こそはと、地方国立大医学部と、滑り止めとして私立の明桜大学医学部も受験したが、どちらにも引っかからず、玉砕した。そして今年、4年目の受験を迎えている。


 こう書くと僕がまるでバカのように見えるかもしれないが、医学部と名が付くところは一様に、国公立や私立に関わらず、有名国立大学の理系学部よりも偏差値が高いのが普通だ。確かに高額な入学金と授業料を払えば入学できる偏差値が低い医学部も存在はするが、僕とは端から関係ない。そもそも医学部を諦めさえすれば入学できるところはいくらでもあるのだ。でも3年間も浪人して貴重な人生を費やしてしまった今となっては、別の学部に鞍替えする勇気もない。学びたいこと学ぶきことが最初からないところへ行っても意味なんてない。学歴が欲しいとか、いい会社に就職したいとか、大学で気ままに遊びたいとか、そんなことを考えて大学へ行く奴の方がよっぽどバカだと思う。


 僕の家はいわゆる開業医だ。でも両親から家を継げと言われたことはない。僕には3歳年上の兄が1人いるが、兄は現役で有名国立大の工学部に入学し、卒業後は大手建設会社に就職、その後海外に赴任して今はアジア、インド、中東あたりのプラント開発の現場を転々としているらしい。それは兄の望んだ道だったから、ここ数年会ったことはないが、きっと幸せに暮らしているだろう。

 

 午前の最後に行われた数学の試験で僕は大きなミスをした。そのことを自分でも自覚している。途中でミスに気付いたが解答を書き直している時間がなく、結局、最後の答えを導き出す計算の途中までしか解答用紙に書くことができなかった。最終的な答えに辿り着いていなくても計算過程が正しければいくらかの配点をもらえる場合もあるから諦めないこと、って言うのは入試の常識ではある。

 でも僕ができる問題をすべて完璧に解答しても合格できないような難関の医学部で、そんなミスをしてしまったのは致命的だ。僕は池の端のコンクリートに腰を掛けて、ぼんやりとそんなことを考えながら、コンビニで買ったサンドイッチをただ機械的に口に運んでいた。

 今年も明桜はダメかなあ…… 午後からの試験を受ける気力が失せて行く。僕はため息をついて俯き加減で目の前の地面に視線を落としていた。

 その視界のなかに突然白いサンダルを履いた女性の足が見えて驚いた。

「中山君?」

 名前を呼ばれて顔を上げる。目の前に立っていたのは看護師姿の小柄な若い女性だった。一目見て彼女が誰か分かった。並河亜季(なみかわあき)、僕の幼馴染。


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