大人の目

第23話

ボイストレーニングが終わって事務所のミーティングルームに通される。水を飲んでたらプロデューサーの池脇さんが入ってきた。



「よう、静寂。」

「こんにちは。」


「今日斉藤は他のヤツんとこだ。」


マネージャーの不在を告げた池脇さんはテーブルに置かれていたヘッドホンを装着した。


ヘッドホンからは昨日完成した俺の歌が流れる。


テーブルに置かれたA4の紙に、ペン先を乗せた。その紙は俺が書いた『赤いママチャリ』の歌詞が印刷されている。



大きくはない事務所ではあるけれど、池脇さんは友人であり事務所の社長に引き抜かれる前は大手に居た凄腕らしく

大船に乗った気でいて良いそうだ。


そんな風には見えないな。

池脇さんの立派なビールっ腹を見て思う。



『赤いママチャリ』


1A

10か0の世界で きみが選んだだけ

真っ直ぐな言葉に 傷付いたのは俺が ガキだっただけ

耳に残った喧騒は それぞれ誰かが主役なのに

ただ一人自分だけが 不幸なんだと信じてた


1B

使いこなせない言葉を 振り回して 破り捨てて

降りしきる夕立ちを受け 笑っていたよ 泣いてたよ


1サ

年月は 無情にもやさしい

朝が来て 夜が明ける

春が来て 夏が過ぎ 秋になり 冬が来た

ありふれた事だった 今は笑えるよ

だから目一杯 幸せになれよ


2A

なんて事無い日々の真ん中で きみを選んだだけ

みんな大差ないよ 俺もそうだろ お互い様なんだよ

きみが呟いたごめんは もう必要無いからさ

次会うときは笑ってよ こんな空気も御免だよ


2B

思い出と呼ぶには 取り留めもない 白黒の景色

あの時は大層上等で 笑っていたよ 泣いてたよ


きみの顔も声も 小さくなる後ろ姿も あの痛みも

彩度をすり減らしていた

今は褪せた全てを 大切だと思えるから


2サ

年月は 誰にも平等だ

今日だけは 明日から

先延ばし 後悔し 蹴り飛ばし 知らんふり

進むしかない道が広がってるだろ

だから堂々と 歩いてくれよ

(だから目一杯 幸せになれよ)



「これの何処が恋だ?」

「失恋のレンはコイです。」


池脇さんがなにか言いたそうな顔をしている。

だけど俺は間違って無いはずだ。

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