24話

「ねえ。僕、このまま帰りたくないよ。凄く寂しい。話し相手になって、ね?」


お願いしてるんだから、そんな直ぐに帰らないで。

というか帰さないからね、そんな簡単には。


「駄目です、早く返してください」


本当に、君は真面目だね。しつこくはしないけれど、断られっぱなしじゃあさ?

とっておきの表情をしてあげるね。

この顔したら真希ちゃんを絶対引き止められる。

自信しかないね。


「…ごめんね。無理にとは言わないけれど、やっぱり寂しいな」


目を潤ませる。泣くか泣かないかのギリギリを攻めるんだ。涙がでるのを堪える顔って、たまらないでしょ。あとは唇を軽く結んだら、出来上がり。


切ないのは得意だよ。だって僕、俳優もやってるからさ。ドラマでそういう表情沢山してきたんだよ。

女の子にこの顔を見せたら、落とせるね。

何年演技の仕事やってると思ってるの?

10年だよ。まあまあキャリア長いよね。

それに演じるのは僕の肌にあってるんだ。


「ああ! もう、分かりました。ちょっとだけですよ」


「やったあ、凄い嬉しい。ありがとう」


真希ちゃんは優しいから、情に訴えかけるのが1番だね。心を揺さぶってあげるね、沢山。



「僕、チューハイにしよう。真希ちゃんは?」


「カシスオレンジでお願いします」


「おつまみどうしよっか」


「私、おつまみ要らないです」


「空酒は身体に毒だよ」

 

「1杯だけですから」


本当に1杯だけで、帰れると思ってるの?

直ぐに帰るのは、困るって。


駆け引きとかはお好きでない感じかな?

それでも諦めたりしないからね。

楽しませてもらうよ。



僕のペースに乗ってもらうよ。何度も会えるよ関係までもっていくから。

真希ちゃんにとって忘れられない存在になりたい。



店員をボタンで呼んだらすぐに来てくれた。

若そうな男性の店員だ。


「チューハイ1つとカシスオレンジ1つください」


「かしこまりました。少々お待ちください」


来るまでの間に何を話そうか。内容は勿論、考えてきたよ。真希ちゃん。


そんなに逃げようものなら道は全部塞いであげる。

きっと話すのが楽しくなるよ。止まらなくなるんじゃないかな?

君の好きなもの、ちゃんと知ってるからね。

その話を持っていけばきっとこっちのもの。


ああ、考えただけで悪い笑みがこぼれそう。

真希ちゃんの前でそんな嫌な顔したくないから、優しい笑顔を心がけてる。


「僕、誕生日1月なんだ。知ってると思うけど」


「知ってます。29日ですよね」


「流石真希ちゃん。僕の事好きだね」


「ファンだからです」


「それでも好きだから知っててくれてるんでしょう」


「ファンという意味で好きなんです」


やっぱり可愛らしい。あっくんが真剣になるだけあるな。


結構難しいな。やっぱり簡単にはいかないかも。

まあ、それはそれで面白いからいいんだけどね。

僕が口説いたら大半の女性が、乗っかってくるんだけどな。


真希ちゃんはそうじゃないんだね。



「可愛い」


「そういう事言うの止めてください」


「だって本当に可愛いんだから、ね? 」


「帰りますよ、私」


ムッ、とした表情で煽られてしまう。可愛すぎるでしょ。まさに怒ってますって感じなんだもん。


油断してにやけちゃいそうになった。


「えー? まだお酒来てないのに?それに、ブレスレットは? 」


お待たせ致しました。

チューハイとカシスオレンジです、とタイミング良く店員が来てくれて良かった。


危うく彼女が帰ってしまうところだった。

運ですらも味方してくれてるんだから、きっと大丈夫。

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