ー真希ー次の時まで

22話

ブレスレットを取られてしまうなんて。今思えば追いかけて返してもらえば良かった。


出来なかったのは優大さんの指が、私の唇に触れたから。彼の唇が触れたその指で。


キスじゃないけどキスみたいだった。


いや、違う違う。あれはキスじゃない!指が触れただけなの。


仕事中なのに、もう何度も思い出してる。めちゃくちゃ恥ずかしい。

顔、絶対赤い。それにキーボード打ってる手が震えて動かしづらい。


なんなの、もう!感情が乱される!


それより藍来は大丈夫かな。

私はこの通り全然大丈夫じゃなくって。


優大さんに会うまでに仕事が片付くだろうか。その時まで藍来に会えない。


どうしよう、嬉しいの。また優大さんに会えるのが。

藍来が居なくて寂しいはずなのに。


彼が大丈夫か気になるけど、優大さんを気にせずにはいられない。


ファンで居たいなら、きっと関わらない方が良い。

ブレスレットを返してもらったら、もう2度と会わないようにしないと。


じゃないと優大さんを異性として意識せずには居られなくなる。


月曜からそんな調子で駄目。

上手くいかない。


気のせいなんかじゃないの。普段の流れでやってるはずなのに、なんか全然違う気がしてならない。


いつもと同じ仕事をすればいいだけなのに。

それが何で出来ないのかな?

落ち着かなきゃ駄目だよね。


猫背がひどくなったような。

小さくなった自信と元気。


表情もなんだか、強ばってきた。きっと今の私の顔、険しく見えるだろうな。やんなっちゃう。


それに加えて疲れも出てるんじゃないかしら。



今日は木曜日、終わるかな。書類の作成と提出。

とにかく頑張らなきゃ。


仕事でミスしそうになった時、藍来がいつも声かけてくれてたな。ちゃんと確認した? って。


やっぱり、居てくれないと駄目だ。


仕事で注意される度に凹んだ時だって、藍来が元気づけてくれた。

特に新人の頃はいつも心配してくれた。


だから私は、また頑張ろうって前向きな気持ちになれた。


そうじゃなかったら仕事なんてとっくに辞めていたかもしれない。


藍来はいつも私を大切に思ってサポートしてくれる。


仕事に限らず、彼のお陰でいつも色々上手くいってたんだ。


それなのに、優大さんがブレスレットを持っていってしまったから。



いや優大さんのせいじゃないし。私の要領が悪いせいだ。


人のせいにしてたら良くない。自分が変わらなきゃ駄目。


というか藍来が居なくても、ちゃんと仕事出来るようにならなくちゃ。


彼にばかり頼ってたら良くないよね。

自分だけの力で頑張らなきゃ意味が無い。


でもやっぱり居てくれないと困る。

調子が何だか狂ってる感じがするんだもの。

それに凄く不安になってしまう。

いつもの安心感が全くない。



藍来の存在がどれだけ大切か、いつも傍で支えてくれてたんだ。


それを当たり前に考えてるから上手く行かないんだ。


むしろちゃんとやって、藍来を驚かせるくらいの勢いがないとね。


うーん。やっぱり全然書類が進まない。今日は残業をしよう。するしかない。

仕事は家に持ち帰れない。

明日、優大さんと約束してる訳だし。

遅くとも19時までに帰らないと間に合わない。頑張らないと。




ーー結局、今日は21時近くまでかかってしまった。

まだ少しだけ終わってないけれど、約束の日にはきっと間に合うはず。


帰りの電車の中でメッセージアプリを開くと優大さんから2件来てた。


『18時だから仕事終わったよね いよいよ明日だね』


『返事がないからもしかして 残業かな?大丈夫?』


心配してるだろうな。私は21時近くまで残業した事を書いて送った。

すると、15分くらいで返事が来た。


『大変だったね お疲れ様です ゆっくり休んでね 明日が凄く楽しみだね おやすみ』


おやすみの後に可愛い顔文字付きで癒された。

優大さんとのやり取りは楽しいけれど、ブレスレットを返してもらったら、連絡先を削除した方が良いよね。


そこまでするのは心苦しい。でもファンで居続けたい。


ちゃんと言わなきゃだ。もう会えませんって。メッセージアプリもブロックしますって。


私は、会いたいから行くんじゃなくて、ブレスレットを返してもらう為に行くの。


優大さんが身近な存在になったら、駄目。好きになってはいけないんだから。


……それなのに、明日が楽しみだなんて。


つい、にやけてしまう。浮かれてちゃいけないのに。



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