おまけ
第62話
「ね、綾ちゃん」
「はい?」
「そろそろ、俺のことを名前で読んでくれると嬉しいんだけど」
「……え?」
これは、そんな彼の一言から始まった。
*
ちゅ、ちゅ。と、リップ音が部屋の中に響いて、私はそれに耳を塞ぎたくて市からがないのにそれができないのは、わたしを上から覆いかぶさるようにして酒げなく私の両手と体を拘束している彼が目の前にいるからである。
耳に、まぶたに、おでこに、頬に、そして唇に。
あらゆる所を優しく唇でなぞられて、私は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
「や、もう、やぁ……っ」
「じゃあ、言って。呼んで。俺のことを」
「……っ!」
「恥ずかしがることなんてないじゃない。もう夫婦なんだよ? 俺たちは、それなのに、いつまで名字で呼ばれるのは流石に俺も悲しいなぁ……」
確信犯!!
そう、実は私たちは、既に書類上とはいえ夫婦となったのだ。というのも、それも目の前にいるこの人に押されて断ることができなくて、丸め込まれた感じはあったけれども……!
「もしかして、早まったとか思ってる?」
「そ、そういうわけでは! たしかに、丸め込まれた感じはありましたけど、最後にそう決めたのは私自身ですし、後悔なんてしていません!」
「じゃあ、いえるよね?」
「うっ…!!」
「あーやーちゃん?」
「でっ、でも、あなただって私のこと………」
「綾」
「っ!?」
「って呼んでも問題ないなら、全然俺は呼ぶけど?」
「だっ、ダメです!! いや、ダメじゃないんですけどっ! えっと、そ、その……っ!!」
一人でわたわたとしてしまうが、それでも目の前の人は楽しそうに笑みを浮かべている。
その余裕が、なんだか悔しくて仕方がない。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、顔中にキスを送られ続けて。
こうなったら自棄だ! いや、もう勢いでどうにでもなってくれると信じてる!!
と、思ったのがそもそもいけなかったのだけれども…………。
「かっ、奏、さん……大好きです!」
「…………………」
少しだけ見返したくて、自分でも恥ずかしいと思ったけれども、悔しさの方が混ざったその瞬間に、私に冷静な判断なんてできるはずもなく。
声を上げて、頑張って名前呼びをし、さらには気持ちを伝えればなんとかなるとか、この時の私は何を考えていたんだか。
黙って固まった彼――奏さんを伺うように下から見上げる形で見つめた私に何を思ったのか。
突然、体がひっくり返るような感覚を覚えて、気づけば私は奏さんに見下ろされ、奏さんの後ろには何故か天井。うん、リビングの電気もしっかり見えるから天井で間違いない。
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