第60話

「……本当はね、俺は綾ちゃんのこと、君自身に会う前から知っていたんだ」


「え」


「涼香が職場によく君の写真を持ってきていてね。……まあ、今はもうあんなことは二度と起こさないと心に決めているのかスマホのデータで管理しているみたいだけどね」


「え、あの……」


「たまたまね、涼香が落としたその写真を拾った俺が、一目惚れしたの」


「えっ!?」



 突然の告白に、私は驚きを隠せない。え、たかが写真見たぐらいで、一目惚れ? 何事!?



「そうよ。で、紹介しろってすっごくしつこかったのよ!! 本当は一生会わせないつもりだったんだけど、その時ちょうど春翔の問題が上がっててね。いろいろ条件を出して、綾を預けることになったのよ」


「お姉ちゃんっ!?」


「その条件っていうのがね……朝の送りは必ずすることとか、一番風呂はぜったに綾ちゃんに譲ることとか、食事を作ってもらうのはいいけど、必ずその写真を撮って涼香に報告するとか……一見すると涼香の方が確実にストーカー予備軍だよな。あ、もちろん、部屋を別にするのは条件として入っていたけど、それは条件に入ってなくてもするつもりだったから、安心して」



 ……そういう問題ではないのでは? と思ったけれど、とりあえず、それらの壁を乗り越えて、私は今、この人の隣に立つことができたし、こうして腕の中に囲ってもらえているのだと考えれば、きっと悪くなかったのだと思う。



「奏っ!! 綾をいい加減話しなさいよ!!」


「ここまでくるのに五年かかったんだ、大目にみろ!!」


「見れるかっ!!」



 こんなふうに、お姉ちゃんと言い合いをしている姿も微笑ましく感じられてしまうのだから、きっといいことなのだろう。



「そういえば、気になっていたんですけど……」


「何?」


「草薙さん、一人称変わってませんか? 以前は“僕”ってい言っていたのに、今は“俺”ですよね? なんでですか?」


「…………あー……」


「綾、よく思い出して。奏が言ってたこと。そいつ“こんな見た目だからできるだけ最初の入りを優しくしようと模索した結果”って言ってたでしょう?」


「…………? 言われて、見れば? 言っていたような、ないような……?」


「言ってたのよ。ちなみに、奏が“僕”なんて言ってたのは綾の前だけだからね」


「嘘っ!?」


「本当。そいつはね、仕事中は鬼なのよ。本当。それに、俺っていう一人称しかあたしは聞いたことがないもの。だから、綾の前では必死に猫被ってたのよ」


「……そう、なんですか?」


「…………まあ、間違いではない。元々この見た目だし、な。言葉遣いも、結構頑張って丁寧にしてた」



 まさか裏でそんな努力をしてたとは。思いもしなかったよ……。でも……。



「……私は、そのままの草薙さんでもいいです。なんか、らしいって感じですし、落ち着きます」



 ふにゃりと笑って思ったことを伝えると、背後にいる草薙さんがピシリと固まって、何かと思い首を傾げたら、後ろから思い切り抱きしめられてパニックになる。

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