第61話

聞いている方までもが苦しくなるほどのその叫びを、白紅麗はそれでも、それ以上何かを言うことはなかった。言えなかったのかもしれない。涙で息がうまくできず、喉を鳴らして嗚咽をこぼす。


 それでも、声を上げて泣くことなどせず、出来る限りの声音を抑え、嗚咽を抑え、背中から抱きしめているその腕に縋ることもせず、自分の足でしっかりと立ち、ただただ、涙を流す。


 その光景を、ただ見ているしかできない。ロシュも、竜人の女性も、双子のレプレとレプスも。


 ただ、見ているしかできないのだ。



「っ!? あぶなっ!?」



 ふっと、一瞬にして体から力が抜けて崩れそうになる白紅麗を、なんとか支えて、ロシュは息をついた。


 気を失ったのだろう。張り詰めていた糸が切れたのだろうか。そう思いながらも、ロシュは眠っている白紅麗を抱き上げる。眉をしかめる。眠っているにもかかわらず、驚くほどに軽い体。それだけで、ロシュが助けられた後のことも、簡単に想像することができる。


 とりあえず寝かせなければと思い、寝台の上にある白紅麗を横たえた。


 病的に青白い肌。目の下にある隈。少しだけ、痩けて見える頬。


 麦穂色の長い髪も、今は閉じられている優しい藤色の瞳も。


 あの時助けてくれた時となんら変わっていないのに。


 ――彼女は今、こんなにも拒絶を露わにしている。



「…………ロシュ」


「……はい」



 かけられた声の方を振り向けば、そこには竜人の女性――クロエがなんとも言えない表情で立っている。


 大人の色香をまとった彼女は、ロシュと白紅麗、そしてレプレとレプスを見て、困惑を強くする。



「……リアムに言われてここに来たんが、一体何があったの?」



 疑問を持つのは当たり前だろう。


 ロシュは、簡単に説明をする。説明をしている間、クロエは静かに聞いていたが、だんだんと厳しい表情になる。



「……それは本当なの?」


「こんな嘘ついてどうするんですか」


「……まあ、たしかにそうだが……」


「だからこそ、レプレとレプスを白紅麗に近づけるわけにはいかないんですよ……」


「だが、それではいつまで立っても歩み寄ることはできないだろう?」


「あの状態で、歩み寄りも何もあったものではないでしょう」


「…………それもそうだが」



 納得のいかない返答を繰り返しているクロエに、ロシュはこの人ももしかしたら危ないかもしれないと感じつつ、それでも、いまやらなければならなのは白紅麗に“ここ”が安全だとわかってもらうことだ。

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