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困った。
安心させるはずが余計に不安を煽ってしまった。
帰ったって何も心配要らない、って言いたかったのに言葉選びに失敗したなー…と反省。
気を紛らわせるように泡を手で掬い、ふっと息を吹いて先輩の方に飛ばしてみる。
「笑ってくださいよ。ちゃんと1週間は居ますから」
「1週間後には帰るだろ」
「そんなに心配しなくても。今までだって大丈夫だったでしょう?」
「今まではな……。けど、お前、ハートの連中から昴の話を聞いて微妙な顔をしてただろ」
「あぁ、月奈さんの話ですか……」
「お前のことだから昴の傍で慰めやりたいとか思ったんじゃねーの」
浴槽の縁に頬杖をつき、先輩は浮かない表情で私を見つめる。
あぁ、そっか。
月奈さんの件があったから。
尚更、先輩は私が心配でしょうがないんだ……。
頭の中で考えていたことが先輩に筒抜けな上に鋭い。
あの時の気持ちを綺麗さっぱり見抜かれてる。
なのに、自分への好意に気付きにくいのはどうしてなんだか。
既に私の生きる理由になってるというのに。
――♡――♡――♡――
「心配要りません。今はそれ以上に先輩と一緒に居たいと思ってるんで」
「どうだかな。お前の中で昴は絶対だし」
「信じてくださいよ」
「じゃ、もし仮にだ。昴が“今すぐ別れろ”って言ってきたら、どうする?」
「お兄ちゃんが……?」
「“そんな鬼畜と付き合うなんて認めねぇ。そんなクズはチエミに相応しくねぇ。そんな血も涙もねぇ冷酷な男なんざ、とっとと捨ててコッチに来い”……ってあいつが言ってきたら、お前はどうする?」
質問を浴びせながら先輩は硬い顔つきで私の手首を掴む。
なるほど。
お兄ちゃんはそれに近いことを先輩に言ってたんだろうな、と察してしまった。
いかにもお兄ちゃんが言いそうな台詞だし。
きっと先輩が私のことを“欲しい”だとか“くれ”だとかお兄ちゃんに意地悪で言って、それを聞いたお兄ちゃんが拗ねてそう答えたんだろう。
疑いようもなく事実っぽい。
――♡――♡――♡――
お兄ちゃんからすればその場の勢いで言っただけだろうに、先輩ったら間に受けて。
それだけお兄ちゃんとの思い出を大切に思ってくれる証拠だけども。
「別れません。我儘は生き返ってから言いなさいって言います」
「生き返ったら捨てられるのか。それは怖ぇな」
「言い出し兼ねないことを言われたんですか?」
「仮にって言っただろ」
「教えてくださいよ」
「教えて欲しけりゃ話す気にさせろ」
「もー。本当に意地悪ですね……」
「だから意地悪なのはお前だ」
「私のドコが意地悪なんです?」
確かに意地が悪いと阿部さんにもよく言われるけども。
それは彼にとってであって、先輩にはそんなに意地の悪いことはしていないはず。
どちらかと言えば意地悪をされてる側だし。
「意地が悪いじゃねぇか。直ぐ他の男に目を付けられやがるし」
「それは私の所為じゃないでしょう……!」
「隙があるんだよ、隙が」
「えー……」
「あのロワって男だってそうだろ。なんで、お前に近付いてんだよ」
「さぁ…。私にも分かりません」
疑いの眼差しを向けられ、視線を落とす。
気にしてないのかと思ったら一応気にはなってたんだ?
まさか生意気なところを気に入られて、ちょっかいを掛けられてるとは言いにくい。
散々、思いをぶつけられた後。
ヤキモチが爆発しちゃったら大変だ。
――♡――♡――♡――
「俺のことも無視してチエミに手を出そうとするなんざ怪しすぎる」
「ただ女の子が好きなだけですよ」
「それにしたってデレデレしてただろ。お前に笑い掛けられて」
「私だけじゃなくノンちゃんにもしてました」
「2階のあの部屋でか?」
「はい」
「ドコも触られてねぇだろうな」
怪しむような目で見つめられて心の底から困る。
だから、さらに深く聞かれる前にキスをした。
聞かれたくない。言いたくない。って気持ちでいっぱいで。
「おい」なんて止められても先輩が口を開こうとする度に唇を重ね合わせる。
触れるだけのものだけど、ちょっと激しめに。
ずっと、したかったし。
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