モデルの告白
21
俺は店内の様子をグルリと一旦確認した後。
「どうしたの…」
と楽しそうに足を組み合わせてる浅野さんに問いかけた。
突然浅野さんから「あんたに大事な話があるから、今すぐ来なさい」と呼び出され、指定されたバーへと来てみればカウンターにはぐでんぐでんになっている紬ちゃんが居た。
その隣には困ったように苦笑している彗ちゃんが居て、何これ、どうしちゃったの。
店内には他の客は居ないらしく、マスターがカウンターの中に居るだけだった。
「あの、何かあったの」
呼びだされた理由がいまいち分からず、浅野さんにおずおずと問うてみる。
紬ちゃん、もしかして仕事関連で何かあったんだろうか。
だから一緒に浅野さんが居て、彗ちゃんも居てーーーー。
色々考えながらも足を向けると、カウンターに突っ伏していた紬ちゃんの視線が俺へと向いた。
どれくらい飲んだのかはわからないけど、瞳がとろとろしていて男としては何て言うかそんな無防備な姿見せられると凄く困る。
――――とその時だった。
「何て事だ…」
紬ちゃんが唐突に立ち上がり、フラつく足取りで俺の元へとやってきた。
転びそうになっていて、慌てて反射的に両手を伸ばしてその身体を支えると俺の頬に温かい両手が触れた。
紬ちゃんの両手が俺の頬を挟んでいて、へにゃりと破顔させた表情を向けられる。
何これ、心臓止まりそう。
「会いたいって思ってたら本当に会えた…夢って素晴らしい」
うっとりとした瞳に見つめられ、俺は何度も瞬きを繰り返す。
俺の頬に触れていた両手がそのまま首裏に回されて、甘える猫みたいに紬ちゃんが俺の胸元にすり寄って来る。
お酒の香りと女の子らしい甘い香りが混ざり合う。
待て、待てーーーー待とうか!
何だこの甘え猫!
いつものツンケンした紬ちゃんはどこにいったの!
本当にこれは夢なのかな!?
「な、何事なの…」
俺はこの状況説明を求めるように、彗ちゃんと浅野さんへと顔を向けた。
胸元には未だ、紬ちゃんがスリスリと身を寄せてきていて「夢って凄い、最高だ…」なんて呟いてる。
「紺野があんたに会いたい会いたいって言ってたから呼んだのよ」
悪びれる様子も無く言った浅野さんが、目の前のグラスに片手をかけて口元へとあてがった。
残っていた中身を飲み干すと楽しそうに口角を持ち上げて言う。
「あんた暇でしょう。紺野の事そのまま送ってやってよ」
「はい!?」
「あたしは彗ちゃんと一緒にタクシーで帰るから」
「ええっ」
いや、まあ確かに暇だったから来たんだけども、まさかの事態にさすがに驚きを隠せない。
「ゆじゅくん…」
いつもは決して俺の名前を呼ぼうとしない紬ちゃんが、むにゃむにゃと甘えたように俺の名前を呼んでくる。
こういう時ばっかり本当にズルい子だ。
俺の首裏に回った両手は離れる気配が無くて、ぐりぐりと額を肩に押し付けられた。
「あの…俺呼び出したのって紬ちゃんを送って行かせるため…なの?」
「そうよー」
「………」
視線だけで、嫌じゃないでしょ?と問われぐっと言葉を詰まらせる。
確かにこんな貴重な紬ちゃんが見れるとは思ってなかった。
ここに着いてから始終ドキドキしっぱなしですよ。
そういうの全部浅野さんには見透かされてるに違いなくて、侮れない人だ本当に。
「紬ちゃん、帰るよ」
俺は仕方なしにへばりついていた紬ちゃんの肩を優しく叩いた。
それを合図にのっそりと再び顔を上げた紬ちゃんと視線が重なる。
だからその上目遣い!
紬ちゃんをぎゅっと抱きしめそうになり、それは脳内妄想でだけに留まらせた。
「歩けない、よね。背中乗って」
一旦俺から紬ちゃんを引き離し、背中を向けてしゃがみ込む。
背後で一瞬戸惑ったような気配を感じて振り返ると、紬ちゃんは「それは夢とは言え出来ない」と頭を振っている。
酔っぱらっていてもそこは変わり無いんだ、勢いよく抱き着いてきたくせに。
何が駄目で何が良いの基準なの。
「じゃあお姫様抱っこしちゃうけど」
「…それは絶対にやだっ」
浅野さんが茶化すように「ひゅーひゅー」と言っていたけれど、気づかない振りをしておく。
こっちだって必死なんだからな、こんな貴重な姿見せられて、今日はいつも聞き出せない事全部聞き出してやる。
それくらい許されるでしょ。
紬ちゃんの本心全部。
「じゃあ早く乗って」
「ば、罰をうけたりしないだろうか」
「夢だから大丈夫」
「そう…なのか」
素面の時でも罰なんてうけないけどね。
でもこうでも言わないと、聞いてくれないのも分かっていたから強い口調でそう言うと、紬ちゃんはおずおずと俺の背中へと乗っかった。
背負って立ち上がると、俺の首にしがみ付くように両手が回った。
甘えるように再び「幸せだ……」と首元に頭を摺り寄せられる。
「じゃあ、紬ちゃん連れて帰るね」
「悪いわね、わざわざ呼び出しちゃって」
「浅野さん絶対悪いと思ってないよね」
「うん、最高に楽しいって思ってるわ」
「だよね、顔にそう書いてあった」
ズルリと背中から落ちそうになった紬ちゃんをもう一度背負い直す。
意外にも軽くて、改めて強くてもやっぱり女の子なんだなと実感していると彗ちゃんが「柚子くん」と優しい声音で呼び止めた。
「紬ちゃんの事、お願いします」
「…うん、任されました」
深く頷いて歩き出す、浅野さんにジっと見つめられている事が恥ずかしくて急ぎ足で店内を後にした。
「紬ちゃん大丈夫?」
「分から…ない、」
「え?気持ち悪い?」
「ううん…」
フルフルと頭を振った紬ちゃんの髪が、俺の頬に当たる。
その度甘いシャンプーの香りがして、どうしようかと思った。
歩きながらタクシーを捕まえようと街中に視線を向けたけど、こういう時に限って一台も見当たらない。
ぐっと俺の首に回っていた両手にその時力が込められた。
「紬ちゃん?」
「…夢…とは言え良いのだろうか…こんな風にあなたに触れて…穢れてしまったりしないのだろうか」
「しないし、自分から抱き着いてきたくせに何言ってんの」
「うっ……だってあれは…嬉しくて」
「俺に会えて嬉しかったの?」
こんな事を素面の時に聞いたら、たぶんきっと「そんなわけが無い、そんな事思ったら罰が当たる!あなたとあたしでは立場が違うのだから!」って必死になって否定するんだろうけど。
「嬉しかった…凄く会いたかったから」
お酒の力って凄いよね。
紬ちゃんは俺の首にすり寄りながらもそう言って、「まだ一緒に居ても良いだろうか、迷惑じゃないだろうか」と呟いた。
迷惑なわけが無いし、俺だって出来る事なら一緒に居たいよ。
「紬ちゃんの本心が良く分かんないよ」
「本心…」
立場が違うって行ってみたり、酔っぱらったら会いたいって言ってみたり、本当はどう思ってるの。
俺の事…好きーーーーなの?
喉元まで出かかった言葉を飲み下す、けれどやっぱり聞きたくて肩越しにそっと振り返った。
顔と顔が触れ合いそうな距離に合って、驚いたけど紬ちゃんもそれは同じだったらしく大きな瞳を見開いていた。
いつもだったら飛びのいていただろうけど、今日は驚くだけに留まって片手をそっと俺の頬に伸ばしてくる。
「やっぱりあなたは美しい」
何だか童話の王子様とかが言いそうなセリフを口にすると、うっとりとしたように額を俺に触れ合わせてきた。
俺は一旦、紬ちゃんをそっと背中から下ろして向かい合うように身体の向きを変えた。
紬ちゃんが不思議そうに俺を見上げて来る。
「俺、紬ちゃんに触られて穢れたりなんてしないよ」
「…そう…なのか」
「そうだよ、立場だって王様とか頂点の人間とか神様なんかじゃない、紬ちゃんと同じ場所に立ってる普通の人間だよ」
「あなたは高貴な王様だ」
「そうやって、俺の事突っぱねないで。もういい加減正直になってよ、立場とかそんなの全部捨てて紬ちゃんの本心をちゃんと話して欲しい」
さっきみたいに正直な気持ちを吐露して欲しい。
誰も紬ちゃんの事を責めたりしないし、罰だってうけたりしないから。
「あたしは……」
紬ちゃんがぐっと胸を抑えて泣き出しそうな顔をした。
泣かせたくないとは思うけど、それと同時にその表情が堪らないとも思ってしまう。
もっと困らせたくて、もっとちゃんと正直な気持ちを紬ちゃんの口から聞きたい。
俺は開いていた距離を静かに縮めて、紬ちゃんの身体を抱き寄せた。
一瞬強張った身体が、徐々に徐々に解けていく。
両手がそっと俺の服の裾を掴んだのが分かって、本当にどうしてくれようこのあざとい子。
「俺は、紬ちゃんの事が好きだよ」
紬ちゃんにばかり言わせるのはズルい事だと分かっていたから、気恥ずかしい気持ちを振り払って正直な気持ちを告白した。
俺の服の裾を掴んでいた両手が離れるーーーーーーー離れる?
その瞬間、すり寄っていた身体が地面に向かって落下した。
「うわっ!?」
慌てて倒れ込む前に両手で抱えて難を逃れた。
後もう少し遅かったら、膝から地面に崩れ落ちていた所だ。
ていうか一体これはーーーー嫌な予感を感じながら、紬ちゃんの顔を覗き込む、案の定彼女は幸せそうな表情で眠りについていた。
ねえ、普通ここで寝る!?
寝ないよね!??
それともわざとなのかな!?
呆然としながらも、諦めの溜息を吐き出した。
確かに酔っぱらっている時に言うのはズルかった。
仕方が無いので首裏と膝裏に両手を回して抱え上げた。
さっきまでどこにも見当たらなかったタクシーが俺達の様子に気づいて、滑るようにやってくる。
「大丈夫ですか?」と声をかけられて、内心全然大丈夫じゃありませんと思いながら「乗せてもらっても良いですか」と問いかけた。
丁度、空席だったタクシーはすぐに後部座席を開いてくれて紬ちゃんを抱いて乗り込んだ。
紬ちゃんのマンションへと連れて行ってもらおうとして、俺に縋るようにくっついてくる隣の彼女をそっと見やる。
暫く悩んだ末に、俺のマンション名と住所を告げた。
酔っぱらった女の子一人にしておくのは不安だから、女の子の部屋に勝手に上がり込むのは申し訳ないからと理由をつけて、紬ちゃんの頭に手を回し引き寄せたのだった。
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