モデルのしょっぱい過去

別に女の子では無いからそんなに大事にするものでも無いのかもしれないし、数に入れなくてもいいのかもしれないけどーーーー女から口移しをされたあれが、実は初めてだったりする。




つまり…ファーストキスってやつだ。




モテなかったわけじゃない。むしろその逆モテモテだった。選り好み出来るくらいにはね。




―――いや、嘘だけど。




モテモテだったら誘拐犯にファーストキスを奪われる事も無かったはずだ。




世間を騒がす有名モデルが、実はキスの一つもしたことが無いなんて恥ずかしすぎる。




そんな事を考えていたら、ふと高校生だった頃の記憶が蘇ってきた。




机の落書き。下駄箱に放り込まれたゴミくず。刺すような視線。




下らなくて子供じみていて馬鹿みたいな高校時代。




俺は普通の高校生だった。友達も居て、女子からも割と人気があって、自分で言うのもなんだけどクラスのムードメーカー的存在だったと思う。




俺が下らない発言をするとドっと周りが湧いて気分が良かった。




一人で居る事はほとんど無くて、いつも誰かと常に一緒に居た。




何の変哲も無かった日常に変化が訪れたのは高校3年生になって間も無くの頃だった。




「ねえ。モデルとか興味ない?」




いつも通り街中を友達数人とクレープ片手に歩いていたら、突然片腕を掴まれて呼び止められた。




驚いて目を見開くと、片腕を掴んだ男は繁々と俺を上から下まで眺め、納得した様子で頷いていた。




凄く綺麗な男の人だった。呆然としている間に「呼び止めといてあれなんだけど、今時間無いんだよね」と名刺を一枚取り出して俺へと強引に押し付けてくる。




その名刺には一ノ瀬 楓(いちのせ かえで)という名前とカメラマンだという事が書かれていて、電話番号とメールアドレスが下の方に小さく並んでいた。



「興味あったら連絡して。じゃあ」




本当に時間が無かったらしく、その人は簡潔にまとめすぎた言葉だけを置いてあっという間に去ってしまった。




取り残された俺は呆然と渡された名刺を眺めていた。




驚きはしたけど、俺ってスカウトされるくらいには格好いいんだという妙な自信もその時同時に生まれていた。







「この間のスカウトどうすんの?何か怪しくねえ?」




突然のスカウトにあってから数日が過ぎた。未だに連絡が出来ずにいる俺は、友人の問いかけに「そうなんだよね」と頷いた。




気分は物凄く良かったけど、興味本位でネット検索をしてみたら俺と同じようにスカウトにあい、ほいほいついていったら騙されたという人間は少なく無かった。




そういうのを見て何だか凄く怖くなって、なかなか連絡出来ずにいた。




「声かけた人、すげえ綺麗だったじゃん?本当にカメラマンかよ。あの人本当はモデルとかやってる人なんじゃねえの?」



「モデルが何で俺に声かけてきたの」



「茶化したとか」



「すげえ質悪いっしょそれ」




それこそ無いだろとは思うけど、絶対無いとも限らないのかーーーと、不安な事ばかり浮かんでくる。




電話をかけた先が何かやばそうな会社とかだったらどうしよう。すぐ来てくれと言われた場所がさらにやばい場所だったらどうしよう。




そのまま海に沈められたらどうしよう。いや考えすぎかーーーでも無きにしもあらず。




「ていうか、その名刺の人ネット検索してみれば?」




俺の手元からピっと名刺を奪い取った女子二人が、スマホ片手に一ノ瀬楓の名前を打ち込んでいく。




あーーーーーそれ忘れてた。




盲点すぎると頭を抱えながらも女子の反応を待っていると「あ、」と驚いたような返答が返って来た。




どうしたの、やっぱりやばい人だった?




「このポスター撮影してる人だって。今街中に貼ってあるじゃん!」




ずいっとスマホの画面を俺に押し付けてくる。




繁々と眺めてみれば確かに見覚えのあるポスターだった。




桜吹雪が舞い散る中で、それに劣る事なく堂々と立っている女が映ってる。




「凄いよ柚子くん!絶対連絡した方が良いって」



「もっと自信持ちなよ、だって柚子くん格好いいんだから」




俺はスマホ画面のポスターを未だまじまじと見つめながら、女子二人の会話を右から左へと聞き流していた。




これを撮影したのがあの人。本当に?俺もこんな風に誰かの目にとまるように撮ってくれんの?




全く実感が湧かないまま、その日一日あの人が撮影したというポスターが頭から離れなかった。




勇気を振り絞ってあの名刺に電話をかけたのはたっぷり一日考えてからの事だった。




怖くないかと言われれば、未だに怖かったし、やばい人に繋がるんじゃないかって通話に切り替わるまで不安だった。




けれど数コール後。




『はい、一ノ瀬です』と電話にでたその声が想像よりも優しかったからホっとした。




聞こえたその声もあの時、聞いたものと同じだった。




「あの…俺、あの時声かけてもらった高校生のっ」




緊張で声がひっくり返った。




情けな!と自分に絶望していると『高校生…』と少し考え込むような間を置いてから『ああ』と合点がいった様子の声が返ってきて安堵したーーーーつかの間。




『おそ。』




と一言。




――――え。




『もう連絡無いのかと思ってた。待たせすぎなんだけど』




あれ、あれ、俺の想像してたのと大分違いすぎる。




やばい人に繋がるか、ちゃんと一ノ瀬さんに繋がるか。繋がったとして優しい声で『あの時は急にごめんね。不安だったでしょ』なんて優しい声をかけてもらえるのかと思ってた。




愕然としながらも固まって何も言えないでいると。




『モデル、やるのやらないの?』




たった2択しかない選択を突然迫られて言葉に詰まった。とりあえず体験だけでも、ってそういうのすら無いんだ。




「や…」




また声が裏返って軽く咳払いをする。





通話相手は無言で、一旦会話が途切れるとその間が凄く辛かった。




「やります…」




今度はちゃんと裏返らずに声を出せた。




言った後、ちょっとの後悔とこれからどうなるんだろうって好奇心でドキドキして待っていた。




あのショッピングビルを大きなポスターが飾る。その中心に居るのは俺――――なんて妄想までしていたら。




『そう。じゃあ』




楓さんは淡々とした口調で撮影の日付と場所を指定したのだった。




「ねえ柚子くん凄いじゃん!載ってたよ!」



「え…ああ…うん」




クラスの女子達が今月発売である若い女の子用の雑誌を片手に俺の元へと詰め寄って来た。




開いたページの中に俺は映っているものの、全くメインでは無い。




楓さんから指定された撮影日、色々な妄想を膨らませながらも(主に俺が有名になるところ)撮影現場に着いてみて絶句した。




そこには可愛い女性モデル達が沢山居て、俺のその日の仕事はメインの女の子達を引き立てる彼氏役での撮影だったからだ。




有名モデルになる妄想を木っ端微塵にされたわけ。




机に置かれた雑誌をパラパラと捲ってみる。ページ数も少なくて、雑誌に載ってたね!と言われても大して嬉しくも無い。




もうこれでモデルの仕事は終わりかもしれないと思ったけど、意外にも楓さんは次の撮影日を指定してきた。嬉しいのか何なのか、自分の気持ちを持て余してる。




正直言えばガッカリした。でもこれで終わりじゃないのなら、もしかしたらって事がありえるかもしれない。




縋りついていればいずれはーーーーその願いは意外にも早く叶った。




ほとんどが女の子用の雑誌に映る、ちょっとした彼氏役程度の撮影だったけど。それが功を奏してか、この男の子は誰?格好いい。もっと出して欲しい。と読者から沢山の声がかかるようになった。




ちょい出し程度でしか出て無かった撮影がどんどん増えて、いつの間にか男性ファッション雑誌にも出られるようになりーーーついにピン表紙を手に入れた。




撮影をしてから学校に遅れて行く日が増えて、俺がモデルをしている事を知らない生徒は居ないくらいだった。




仕事は着実に上を目指している中で、学校生活はその頃から少しずつ変化していってた。




「調子のりすぎだろ。そこまで大して格好良くもねえじゃん」



「ちょっと腕の良いカメラマンにスカウトされただけだろ。誰でもそんなの有名になれるわ」



「つうか撮影で忙しくて学校まともに来れねえならやめれば?」




モデルの仕事が一つ増えるごとに、こうした陰口が増えて行った。




元々仲が良かった友達から始まり、俺の仕事を良しとしない奴らに広まって、廊下を歩けばそんな罵詈雑言は当たり前。




くだらねえと思ったけど、実際ちょっとはへこんでた。




元々一人になる事が少なかったから、撮影でちやほやされた後来ると、学校は地獄のようだった。




机に油性マジックで書かれた「死ね」「調子のんな」の文字。




女子がやったのか男子がやったのか分からないけど、ガキか!と思いながらも、それを先生に見つかっていたたまれない気持ちになる。




職員室に呼び出されて、担任の先生から。




「何か困ってる事があったら何でも言ってくれ」と言われる事も嫌だった。




皆もう俺の事は放っておいて欲しい。




ここに居る馬鹿な奴らと俺は違う。俺は俺で自分のしたい事をやってるだけだ。




俺の事が嫌いなら見なきゃ良いっしょ。何でわざわざ買ってみるわけ?そしていちいちダメ出ししてきて、何様なんだ。




下駄箱を開けると今時こんな事あるの?と目を疑いたくなるような事もあった。




画鋲をどっさり押し込まれていたりだとか、雑誌をわざわざ切り取って俺の顔に落書きをしてあったりだとか。




本当に下らなくて馬鹿みたいで、最初こそ心が痛んだ行為に段々慣れてきて、今度は見てろよと闘志が燃えた。




俺の事を馬鹿にした事、後々大人になって悔いれば良い。ああ、あの時仲良くしておけば良かったなって後悔すれば良い。




俺はもっともっと上へ行く。




俺の事を馬鹿にして楽しんでいる奴らが到底届かないであろうその先まで上り詰めて、いつか上から見下ろしてやる。




―――――もっと有名になってやる。



下らない虐めにあって、闘志を燃やした高校時代、俺は誰とも付き合わず(ここ重要)、故にキスの一つも二つもせずに終わった。




高校卒業後、本格的なモデル業についてからは恋愛している暇も無く、あっという間に日々が過ぎ去っていき今に至る。




言い訳だと言われたらそこまでだけど、仕方が無いと思う。




俺は触れられた自らの唇を指先で押さえ、ジっとこちらを見据える視線に気づいて慌てて手を離した。




正座しながらも「ケホン」と咳払いをしてから、俺も女と向かい合う。




互いに対峙するように正座し合っている俺達だけど、今回はどうやら俺の方がほんの少し立場が上らしい。




女は肩を落としながらも両手を膝の上にぎゅっと押し付けてた。




「あのさ、分かってると思うけど一歩間違えば俺死んでたかもしれないからね」



「……」





ぐっと形の良い唇がへの字に曲がる。




そんな顔されたってねえ。




何度か水分を与えてもらって、ようやくいつもの調子を取り戻してから、ついついカっとなって女をこんこんと説教してしまった。




「脱水症状って危ないんだからね!まじで喉カラカラだった!放置してくにしても、もう少し考えてよ!それとも殺す気だったとか言わないよね!」




怒りと不安から口をついて出た言葉がとめどなく溢れて、ハっと正気になった時には女が肩を落としてこっちを見ていた。




これはやばいだろうかと思ったけど、どうやら反省しているらしく「悪かった」と一言謝られた。




本当に殺す気は無かったらしい。




俺は一旦高ぶった気持ちを落ち着かせるべく、息を吐いた。




その間、女は黙って俺の方をそわそわと見つめたり、視線を落としたりしていた。




コップの中に残っている水を見ていると、さっきの出来事がふと浮かぶ。




触れ合った唇―――――俺はエロガキか、と自分自身に突っ込んでそれを振り払った。




「どこ行ってたの」



「…それは言えない。でも」



「でも?」



「また同じように出かけないといけない」




困ったように女が眉根をぐっと寄せた。




膝の上に押し付けた両手が固く拳を作ってる。




女は暫く考えるように押し黙っていたけれど、ふいに顔を上げて言った。




「ここに一人残していく場合、どうしたら良い」



「……」



「脱水症状で死なれたら困る。でも、騒がれて警察を呼ばれても困る」



「……」




そして出した結論は。




「殴って気絶させれば良いのか」



「それあんまり変わらないよね!?」




握った拳を持ち上げて、ふるふると震わせる。この手は使いたくなかったと言わんばかりの表情をされて絶句した。




馬鹿なの?ふざけんなよと心の中で突っ込みながらも。




「商売道具だから殴るのはやめて!」




と言うのが精一杯だった。

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