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◇◇◇

 秋の声が聞こえ始める十月上旬。

 私、白川 翠々しらかわ すずは羽田空港内の到着ロビー近くにあるカフェで出張帰りの叔母を待っていた。


「翠々、なんてことをしでかしたのよ!」


 飛行機が到着してカフェに姿を現した叔母は対面の椅子にドサリと座り、店員にアイスコーヒーをオーダーしたあとすぐに説教を始めた。

 表情は眉が吊り上がっていて鬼の形相だ。それを目にしただけで全身に緊張が走った。


「昨日の朝に謝罪してきた。先方はずいぶんお怒りだったわ。すぐに追い返されたけど、私がどれだけ頭を下げたかわかってるの?!」

「謝りに行かせてしまって本当にごめんなさい」


 激高する叔母に反応して隣の席にいる女性客ふたりが視線を送ってきた。

 目立ちたくはないので声のボリュームを落としてもらいたいところだけれど、肝心の叔母は怒り心頭で私を睨み続けている。


光永みつながさんとのお見合いの話を翠々が受けるって言ったとき、うちの人だってよろこんでたのよ」


“うちの人”とは、叔母の夫のことだ。私にとっては義理の叔父に当たる。


「叔父さんにも後日謝りに行くね。迷惑かけちゃったから」

「謝ってもらったって、もうどうしようもないでしょ! 後の祭り!」


 義理の叔父は温和な性格なので、そこまで激怒しているとは思えないけれど、今は叔母の言葉に素直にうなずいておく。

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