いつかと今と
32
一緒に住む前にと引っ越し間近のこの日、みっちーのマンションへとやってきた。
もうほとんど荷造りが終わった部屋を見ると、どうしてかほんの少しだけ寂しくなる。
「大分片付いたね」
必要最低限の物しか残されていない部屋の中、いつもとは違う雰囲気に落ち着かない気持ちになる。
「引っ越し準備手伝うよ」と申し出た私にみっちーは「みちかも大変だろうから大丈夫」と言った。
男一人暮らしなので大した荷物もないと。その言葉の通り引っ越し準備を早々に終わらせたみっちーは、私の部屋の引っ越しまで手伝ってくれた。
ミニマリストになろうかなと、服やら靴やらを捨ててしまおうとする私を見て「その服着てるみちか見たことねえから、まだ捨てないで」と言って私を嬉しくさせた。
「元々大して物も無かったからなー。仕事の移動とかでまた引っ越すかもしれねえしと思って」
「確かにそう言ってたよね」
この部屋に初めて来た時は、物の少なさに驚かされた。と言っても、あの時のみっちーの性格から散らかった部屋を想像してしまったが故だったけれど。
あの時の愚かさを再び思い出して、内心で申し訳なく思っていると「何考えてるから手に取るように分かるわ」と言って、みっちーが私の頭を優しく撫でた。
「何か飲むか?って言っても、あるものしかねえんだけど」
「ありがとう。何でも飲めます」
「冷蔵庫見てくるわ」
キッチンへと足を向けたみっちーの背中を追いかけようとして、ふと棚の上に乗っている物に目が留まった。
見慣れない物だったので、思わず棚へと足を向けてまじまじとそれを眺めてしまった。煙草の箱にライターだ。
でもみっちーからは一度も煙草の匂いはした事が無い。箱を手に取って中身を見てみると、空きがある。数本は吸ったという事だろう。箱の中で残っている煙草が揺れている。
もしかしてーーーーーーーーー。
「みっちー、浮気は駄目ですよ」
「急に何言って」
煙草の箱とライターを持って、冷蔵庫を覗き込んでいたみっちーへと声をかけた。
みっちーから煙草の匂いがしないと言う事は、この部屋に訪れた相手が残していった物じゃないだろうかと考えた。こんな目立つ場所に置いていくなんて、相手は女性じゃないだろうか。私の存在に気付きなさいよと遠回しに伝えてきているとか。
いや、みっちーが浮気なんて最低な事をする人だなんて思えない。だとしたら。
固まっているみっちーが一瞬罰が悪そうに顔を顰めた。やべえ見つかったと言わんばかりの表情だった。
「みっちー、煙草吸うの?」
もしかしてと浮かんだその事実について問いただしてみると、みっちーは珍しく「あーいやあ」と言葉を濁してる。
え、え、――――――え。
「格好いい!!」
「ええ?」
「みっちーと煙草って全然想像出来ないけど、凄く格好いい気がしてきた!吸ってみせて」
今すぐそこのベランダで!
両手にそれぞれ持っていたライターと煙草を差し出すと、みっちーは「いやいや」と両手を振った。
「もうやめたから」
「え、そうなの」
「ちょっと残念がるなよ。荷物片づけてたら出てきたけど、大分前の物だしなあ。もう火もつかねえかもしれねえわ」
「そんなに前の物なんだ」
「学生の時ちょっと吸って……ああ……」
やべえ、またいらん事をと片手で額を押さえるみっちーが可愛らしい。そう言えば、学生時代のみっちーはやんちゃっぽい感じだったんだっけ。
「懐かしいなと思ってそのままにしてたの忘れてたわ。みちかが来る前に処分しようと思ってたのにな」
「何で?」
そんな意外なみっちーが知れて、むしろ大満足しているんだけど。
学生時代のみっちーの姿をちゃんと見たわけでは無いので、想像でしか頭に思い描けないのが残念なくらい。
「最低な自分を思い出して頭が痛くなるので」
「煙草吸ってた事が?私はその意外なみっちーも好きなんだけど」
今この場で吸ってみせて欲しかったくらいには。
「みちかはこんな俺嫌いだろうなって思って、手出した物だったからな」
私から離れるために、手を出した後悔の物。
私は煙草の箱の中から、残っていたうちの一本を取り出してみっちーの口へと押し付けた。たぶんもう火はつかないだろうけれど、少しでもその姿を見てみたかった。
何とも言えない表情のまま口を開くと、煙草を挟んで私を見た。
ああ、やっぱり煙草を吸ってるみっちーも素敵だなあ。
みっちーは私から嫌われるためにと煙草を吸い始めたみたいだけど、残念ながらそんな姿も大好きなので、むしろ仮に今も吸っていたとしてギャップ萌えと騒いで終わっていたかもしれない。
みっちーが咥えたままの煙草を、差した本人である私の指先で挟んで引き抜いた。
未だに何とも言えない表情をしているみっちーが、その頃色々悩んだ末に取った行動なのだと思うとむしろ可愛らしくて愛しさが増す。
煙草を挟んでいた名残を残して、ほんの少し空いていた唇に背伸びをして口付けた。
そこからは煙草の匂いも味もしない。
指先に挟んだ煙草も燃えていない。
何だかそれがお互いようやく大人になった証拠のように思えた。
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