おまけ
忘れていた事実
31
「みちかもついにみっちーと結婚だね」
開店と同時に入った奈々子のお店には、私と奈々子の姿しか無かった。
いつもながら誰も居ないので、奈々子は私の隣に腰かけてる。
今日はお祝いなのでカクテルを一杯お任せで作って貰った。二人でグラスを合わせて乾杯して口へと運ぶ。味はスッキリしていて凄く呑みやすい。
「良かったね。おめでとう」
奈々子は私の頭を優しく撫でると「みっちーに、みちかの事泣かせたら酒瓶で殴るって言っておいて」と言う。
大丈夫、きっとそんな日は訪れないと思う。けれど奈々子の気持ちが嬉しくて「伝えておきます」と頷いた。
店内を一度ぐるりと見渡して、扉の小窓越しに外を眺めてみる。まだ誰も入って来る気配は無く、私はずっと聞きたかった事を口にする事に決めた。
「その後奈々子はあの人とどうなの?」
奈々子を助けてくれた常連客の男性は、一途に奈々子を思ってくれているようで、時折お菓子を差し入れしている姿を目撃していた。奈々子は相変わらず、態度的には他の人に接するそれと変わりない。
二人の関係はその後どうなってるのか分からないまま、少し時間が経ってしまっていた。
彼の姿を今もこの店の中で見かけるという事は、奈々子からその気持ちは迷惑だからもう来ないでと辛辣にふられてはいないのだろうと思ってた。
何の事?と白を切られる事も見越しての問いだったけれど、奈々子はグラスに口をつけると「今度出かける事になった」と言った。
「……え!その人と!?デートって事?」
「顔近いよ。日中ランチ行くだけだよ」
「デートだよ!」
そもそも日中は貴重な睡眠時間だからと、奈々子が出歩く用事はうちの美容室にネイルとヘアカットやヘアカラーの予約をする時くらいだ。
その奈々子がオーケーをしたという事は、なかなか良い関係なのかもしれない。
「そっか。楽しみだね!」
わくわくする私とは反して、奈々子は「そう?」とまるで他人事のように冷たい態度だ。
けれど長年一緒に居た親友の小さな変化を見落とさない。微かに口角が持ち上がった所を見ると、実際奈々子も少しくらいは楽しみに思っているに違いなかった。
何度かデートを重ねるうちにもっといい関係になって、お付き合いして、奈々子もいつか私に結婚するよと報告してくれる日がくるかもしれない。
今まで何十人と、多くの男性を一刀両断してきた奈々子がーーーーーと思うと凄く感慨深かった。
その思いに浸っていると、「みっちーとはいつ一緒に住むの?」と問いかけられる。
たぶん自分の話から早く話題を逸らしたいのだろう。奈々子ってば照れちゃって。
「結婚した後に住む場所探そうって話してるよ。お互い休みがそんなに合わなくて、まだ良い場所見つけられてないんだよね」
「そっか。まあみっちーの勤務時間とか考えると難しいよね。でも良くそれでみちが我慢してるね」
「我慢してないよ?仕事明けそのままうちに来てもらったり、休みの日に私が泊まりに行ったりしてますよ」
「やっぱりそうなるよね」
やっぱりそうなります。
「まあ、順調なら良かったよ。みちの事だからみっちーの愛情と私の愛情が比例してないとか、結婚間近なのにイチャイチャ出来てないとか、とにかく下らない事で発狂したりしてそうだったから」
「私そんなに小さい人間じゃな………ちょっと待って」
そんな我儘言いませんよ、と片手を軽く振っている途中で思考が停止する。
お互いの気持ちが通じ合ってから、順調すぎる程に事が進んでる。
結婚の約束もして、一緒に住む話も進めていて、近々私の両親に結婚挨拶に行く事も告げてある。全て順調―――――――でも私達……キスまでしかしてない。
あれ……あれ、何で?何でなのみっちー?おかしいよ?何度もマンションに来てくれて、何度もお泊りした中なのに、そう言えば「おやすみ」とキスされて、二人で一緒に眠る事しかしていない。
それが最高に至福の時間だったので、大事な事が頭から抜けていた。
「押し倒してもらってない!!」
「人の店で卑猥な発言やめてくれない?」
みっちーどうしてなの?
もしかして結婚まで待とうと思ってくれてる?ありがとう、だとしても気づいてしまった事実に私はもう待てそうにもありません。
玄関先で仁王立ちしている私を見て、みっちーは衝撃を受けたように固まっていた。
無理も無いはず、朝まで働いてそのまま私のマンションまで来てくれたのだから疲れているはずだ。そんな中、私が仁王立ちして待っていれば、何かやばい事が起こりそうだとみっちーの中の嫌な予感が働いているのかもしれない。
みっちーは何度か瞬きを繰り返すと「どうした?」と、玄関先へと足を踏み入れる。
私はその場に立ったまま、通せんぼうをし続ける。
疲れてるから退いてくれない?なんて最低な事をみっちーは言ったりしない。素敵すぎる。そして疲れてる表情も格好いい。
「みっちー、何か忘れてない?」
「……え、何だろ。ちょっと待てよ思い出すわ」
みっちーは眠い頭を働かせながらも、私と何か大事な約束事をしていたのだろうかと頭を捻ってる。
疲れている所、考えさせるのが申し訳なくなってきて「まだ押し倒してくれてないよ!」と正直にその事実を口にした。
みっちーはまじまじと私を見たまま、再び固まっている。頭をフル回転させて、私から言われた言葉を理解しようとしているのが伝わってくる。
「まだ押し倒してくれてないよ!!」
再び大声で言った瞬間、開いていた玄関の扉をみっちーはとりあえずと言いたげに静かに閉じた。
両手を大きく広げていつでもどうぞという体勢を取ってみると、みっちーは「ただいま」と言って私を抱きしめる。ああ、至福―――――――じゃない!
「みっちー、私はとんでもない事実に気づいてしまったよ。どうして私達キスのその先に進んで無いんだろう!もしかして私に魅力が無いって事?どうしたら良い?」
そういう事なら精一杯努力させて頂きますが。
みっちーは「いやいや」と私の頭を撫でると「みちかはいつでも魅力的ですよ」と言う。
だったらどうしてしてくれないの。もしかして私から許可が出るのを待っていてくれたんだろうか。
「してよ!」
「そんな大体な誘い方ありますか?」
「してくださいよ!!」
「あんま変わってねえと思うわ」
みっちーは私の額にキスすると、「一瞬風呂入って来るから待ってて」と言った。
自分から誘っておいて、いつものお風呂と違う雰囲気にどぎまぎする。どうやって待っていたら良いのか分からずに、とりあえず寝室のベッドの上へと飛び乗って正座をしてみっちーの帰りを待った。
こういう時、脱いで待っていたら良いものか、脱がせて貰うのを待っていたらいいものか分からない。
良い大人が恥ずかしいけれど、みっちーが初めてなのだから全部みっちーに任せようと決めた。
そんなに時間もかからず、寝室の扉が開いて半裸のみっちーが入って来た。バスタオルを腰に巻いた姿は、以前見た時の格好と同じだった。
でもあの時と違うのは、この後があるという事。
「何で正座してんだ」
おかしそうに笑ったみっちーは、ベッドへと片膝を上げると「足痺れちゃうぞ」と言って私の両脇に手を入れて一度引き上げた。そのままぎゅうっと強く抱きしめられる。
私と同じボディーシャンプーの香りと、まだしっとりと濡れた肌に鼓動が速まる。
みっちー、私何したらいい?
問いかける前に頭上から落ちて来た口付けで言葉を塞がれた。
今までずっと押し倒して欲しいと思っていたし、その先の行為を望んでいた。
けれど肌と肌が触れた時の独特な温かさとか、深い口付けの合間に聞こえるみっちーの吐息とか、頬を覆う手の平の大きさとか、そういう事までリアルに想像は出来ていなかったんだなと今更思い知ってる。
「……ん……っ」
口の中に入ってきたみっちーの舌の熱さにすら堪らない気持ちにさせられた。
苦しいけれど、ずっとこのままで居たいと思う。窒息する手前まで、ずっと塞いでいて欲しい。
裸になって、肌と肌をぴったりと合わせたい。隙間も無いくらいぎゅうぎゅうに。止まらない私の気持ちを察するように、みっちーがキスの合間に服のボタンを一つ一つ外してくれる。
肩から滑り落ちる布の感触すら、興奮した。
「みっちー好き……」
しがみ付いた私をみっちーが全身で受け止めてくれる。膝の上に乗った私をみっちーが両腕で強く抱きしめた。
何度も抱き合ってきたのに、抱きしめられるとこんなにすっぽりと覆われる事を初めて知った。それが堪らなく心地良い。こんなに幸せで良いんだろうかと思う程幸福感に満たされる。
「俺も好きだよ」
私の愛を受け止めて、それと同じだけの熱量を返してくれるみっちーが愛おしかった。
一緒に居ると、好きの気持ちが溢れてどうしようも無くなってしまう。風船みたいに膨らんだ先は、もうどうなるのか分からない。分からないけれどそれで良い。パチンと弾けたとしても、そのままどんどん大きくなったとしても、みっちーがちゃんと受けとめてくれるのが分かるから。
発情した猫みたいに「早く早く」としがみ付く私を、みっちーは「勿体ないからゆっくりしよ」と甘い声音で宥めながらも行為を進めていく。
指先が肌を撫でる感触もあられもない場所を指で弄られる行為も、みっちーとだから全部堪らない程の快感に変わる。
「ん……ん……」
口を塞がれながらも内部をゆっくりと解す指の太さに意識を持っていかれる。
自分の意識や感情とは別に、みっちーの手の平や口付け、指先に息遣いが早くなっていく事が嬉しかった。みっちーという名の麻薬が身体に染み込んでいくみたいで。
待てないという気持ちの方が大きくて「もう良いよ」と言う私をみっちーは「まだ」と優しい声音で宥めてくる。
知らない快感の波が押し寄せてくる。まだ、と言うみっちーに身を任せれば任せる程、あちこち身体は敏感になっていく気がする。
「……んん……みっちー…っ」
何だかもう無理だよと思う間も無く、胸の突起に軽く歯をたてられた。ビリっと痺れた快感と共に感じた事も無い気持ち良さで満たされる。
キスしてと強請る前に、キスをされた。大抵優しく口付けるキスの中に、時折余裕の無さそうな深い口づけがあったけれど、今日されたそれは今まで一度も感じた事が無い程の荒っぽさと余裕の無さだった。
したいと思う瞬間が同じで、言葉にする必要も無いくらいお互い色々もう駄目で、だからこそ尚更良かった。
あの頃ランドセルを背負ったヒーローみたいな男の子が今目の前に居る事も、こうして私を抱きしめてくれて、口付けてくれる、この瞬間ってとても凄い事だとふと思う時がある。
「みっちー大好きだよ」
湿った肌にぴったりと肌を寄せる。いっぱいに充たして欲しかった場所に、かたくなったそれが押し込まれる。
「あ……あ…っ」
「……っ」
微かな吐息と熱が肌を掠める。眉根を寄せたみっちーの表情が堪らなくて、両手で頬を覆ってキスをする。
必死な私をおかしそうに笑って見つめた表情も、いつもと違って余裕が無さそうだった。
中に押し付けられた熱と共に快感の波が戻ってくる。
パチパチと弾ける視界の中で、余裕の無さそうなみっちーが強請るように「みちか」と私を呼んだ。深い口付けと共にぴったりと肌と肌を密着させる。隙間なんて無いように、全部一つになるように。
満足感で満たされる中、隣同士ベッドで眠る時間は何だかいつもより特別だった。
みっちーにしがみ付きながらも、そう言えばと「何で全然してくれなかったの?」と問いかけてみた。実際本当に私に魅力が無かったのなら、そこはきちんと今後のためにも改善していかなければならないと思う。
私の問いに、暫く押し黙ったみっちーは私に身体事向けると額にキスをする。
「みちかは可愛いいちごだからなー」と冗談めいた事を言って、「だから手出せなかった」と笑った。
「……」
「みちかさん?」
その言葉と表情がまた私を堪らなくさせて、タガの外れた脳内でパーンとクラッカーが鳴り響く。
しがみつきながらも、身体で強請る私をみっちーは深い口付けでまたとろとろにしてくれる。
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