思い立ったが吉日

13

「そう言うわけで、みっちーと正式に期間限定お付き合いが成立しました」




大きな拍手を打ち鳴らした私を、全身鏡越しに見ていた奈々子と、その奈々子の髪をウルフカットに仕上げていた美容室の店長である夢ちゃんは同じような呆けた表情で見つめ返してくる。




私は奈々子の手にマッサージを施しながらも、え?何か聞きたい事ある?何でも聞いて?最近の進捗ですか?いくらでもお話しますよ。と笑顔を浮かべる。




「みち、何語喋ってた?」




けれど返ってきた奈々子からの返答は辛辣すぎる一言だった。




どう聞いても日本語だったんだけど。




ちなみに夢ちゃんには近くの交番に勤めている沢渡充、という事は伏せてある。おまわりさんが誰かとお付き合いしちゃいけないなんてルールはたぶん無いと思うけれど、一応のためだ。




みっちーについては幼馴染で、数年越しにこの街で再会したという経緯を伝えてある。




髪が鬱陶しいから切って欲しいと予約を入れてくれた奈々子に、前回の結婚式後からどうなったのか問い詰められた。




色々心配させてしまったのもあり、私からも奈々子に話したいと思っていた。だけれど実際、お互いの勤務時間が真逆なのでなかなか話す時間が取れなかった。




もしかしたら奈々子は、敢えて私から話しやすいように、昼間のこの時間に予約を入れてくれたのかもしれない。




ネイルもしようかと言う私に、「まだこの色、気に入ってるから良い」と奈々子は断った。どうやら前回塗ったグリーンのグリッターネイルを気に入ってくれているらしい。




だったら次回も奈々子が選びやすいようにグリッター系の色をいくつか新しく入れておこう。




そんなわけで、結婚式後みっちーに色々と問い詰めたけれど全く何も解決しないまま、去り際に無理矢理デートを押し付けて後日めでたくデートして頂いたという話から始まった。




色々と巡る中で、性格は変わってしまっていても、中身は変わらず素敵なみっちーなままだと気が付いて、期間限定のお付き合いをまたもや無理矢理お願いして、今めでたくお付き合い中だというところまでを語って聞かせたのに、どうしてか二人は唖然としたまま。




「え、何かおかしい事言った?」



「おかしいと言うか……」




夢ちゃんは言葉を選ぶように押し黙ると、最終的に優しい笑顔で濁してしまう。夢ちゃん、そっちの方がとても傷つきます。




「みちって昔から思い立ったが吉日みたいな性格だからね」



「だってあの日を逃したら、もう絶対に話してくれないと思って!」




あのまま別れていたら有耶無耶どころか、「え、何の話ですか?結婚式?僕知りません」と言い出しそうな勢いだった。




「その期間限定の意味は分かってるの?」



「分かってる。期間限定とは期限付きのーーー」



「そういう意味じゃなくて」




呆れた様子で溜め息を吐いた菜々子に代わり、夢ちゃんが言葉を選びながらも「期限を付けたということは、みちかさんに、この間思い出を作ってあげようとしてるんじゃないでしょうか…」と言った。




馬鹿な私だけれどみっちーの考えは理解してる。




期間内で私に満足させて、じゃあここまでにしましょう。良い思い出をありがとう!と別れるつもりなのだろう。




どちらにしても、みっちーの中には今すぐの別れか先延ばしの別れかしか選択肢にないわけだ。




「今、どうしたら振られずに済むか考えてるところです」




深く頷いた私を、菜々子は意外そうな顔で見つめてる。私も一応ちゃんと成長してるんです。




「それに、性格の事も聞かないと。単に大人になったから変わっただけって感じではなさそうなんだよね」




あの白の切り方は絶対に何か隠してる。




言ってることがあまりにもちぐはぐすぎる。




「約束事の紙も見つからないままだし」




あれから部屋の中をひっくり返す勢いで全て捜索したけれど、やっぱりあの紙は見つからないままだった。




もう諦めた方が良い事は分かっているけれど、どうしても諦めたくない。




過去の出来事があったから、見るのが怖くなり自由帳を開かずにいた私が悪い。でも絶対に捨てたりはしていないという確信があった。




現に自由帳は綺麗なまま残してある。ただ引っ越しをする時に、その隙間から落ちてしまって気づかずに置いてきた可能という性はあるけれど。その悲しい現実からは一旦目を逸らしてる。




「そう言えば、ホテルから出たところで剛に何か言われてなかった?」




もしかしてまた面倒な絡み方でもされてたの?と言う菜々子の言葉でふいにあの時の剛ちゃんの姿を思い出した。




剛ちゃんらしからぬ殊勝な面持ちで、あの時はごめんと謝られた。それからーーーーー。




「何か言いたそうだったんだけど、詳しく教えてもらえなかったんだよね」



「どういう意味?」



「充にって呟いてたから、みっちーに何か伝えたい事があったのかなって思ったんだけど。やっぱりあの二人喧嘩別れしたのかも」



「剛が短気だからね、いい加減嫌気が差してみっちーが見限ったって感じじゃない?どうせ剛が悪いよ」



「詳しいことは分からないけど」




菜々子の剛ちゃんに対する辛辣さは相変わらずだ。




二人がもしも喧嘩しているのなら、仲直りして欲しいとは思う。対極すぎる性格の二人だったけれど記憶の中のどこでも、仲の良かった姿しか思い出せない。




「剛が何かしたんだとして。意地になって謝らないかったんじゃない?」




ちらりと窺われて「昔のあれは私も悪かったよ」と項垂れた。




それに結婚式のあと、剛ちゃんから謝ってくれた。私はその話題にすら触れようとしなかったのに。




「私の時みたいに簡単な喧嘩じゃないのかも」



「珍しくみっちーの肩持たないね。そうだそうだって同意すると思ってたのに」



「寛大なみっちーがそう簡単に怒るところが想像できなくて、長く一緒に居たから剛ちゃんの性格も理解してたと思うし」




簡単な喧嘩なら、みっちーが大人になって自分が悪くなくても「ごめんな」と謝りそう。




そうやって二人の仲は上手に纏まっていたような気がする。




いつもの簡単な喧嘩ではなく、みっちーが上手に二人の仲を修復する事すら出来ない何かがあったのかもーーーーなんて、いくら考えても怖い想像しか出来なくて頭を振った。




これは直接、当人であるみっちーに聞くのが早いかもしれない。




私に何か出来ることがあれば手伝いたい。




菜々子にはまた進捗が入れば教えますと言って美容室で別れた。ウルフカットにした奈々子はさらに可愛くて美人だった。これは帰り道、色んな男性が声をかけてきそうだ。




ネイルの予約も入れてくれたので、グリッター系のネイルをいくつか新しく入れておこうと決めながらも店を閉めた。






みっちーへと電話をかけてみたけれど、仕事中だからか繋がらない。




そう言えば電話番号だけだと不便なので、簡単にやり取りできる連絡先も教えて欲しいところだ。




それも聞いてみなければと思いながら交番へとつくと、交番の中には輝さんの姿しかなかった。




あれ?と首を傾げると、輝さんは私を見つけてすぐに外へと出てきてくれた。背の高い人だとは思っていたけれど、目の前に立つと本当に見上げるほど身長の高い人だった。




思いっきり首を上げている私を見て、輝さんは少しだけ腰を屈めてくれる。まるで小さい子にするような仕草に微笑ましくなってしまう。




「ありがとうございます。輝さん大きいからついつい見上げてしまって」



「首が痛くなりそうでした」




姿勢的に、と続いた言葉に確かにそうですねと深く頷く。




「充さんなら今日は休みです」



「え、そうなんですか!」




言われてみればおまわりさんだってちゃんと休みがあるに決まってる。でも電話に出ないから勝手に仕事なのだと思ってた。




もしかして、私からの電話に出ないつもり?それだと話が違う。




もう一度スマートフォンを確認してみたけれど、みっちーからの折り返しは未だに無い。忙しいのなら仕方ないけれど、見てみぬ振りをしてるなら出るまで電話をかけたくなる。




なるほど、ストーカーになる人の気持ちが少しだけ分かってしまう。気を付けないと。




「充さんとは知り合い?なんですか」




輝さんが気になっていた事を聞くように問いかけてきた。




私は二つ返事で「はい!そうです!」と食い気味に答えた。




輝さんの目がストーカーとかではないんですねと問いたげに見えたからだ。




確かに誤解されてもおかしくないやり取りをここ数日ずっと繰り返していたから、仕方ないと言えば仕方ない。でも警察官の人に誤解されたままなのは困る。




「みっちーとは小学生の頃に知り合って、大人になったらもう一度再会しようと誓った仲なんです!でも当の本人は知らん顔してて、どうしてですかね!」



「……分かりません」



「みっちーから何も聞いてないですか」



「何も聞いてないです」




輝さんはどうしてだろうと一緒になって考えてくれる。この人は本当に優しいおまわりさんだ。みっちーも優しいおまわりさんだけれど。




「でも充さんの事だから、もしも本当に知らない振りをしているなら何か理由があるのかも」



「やっぱりそう思いますか!」



「冷たい人では無いですから」



「ですよね分かります!みっちーは凄く良い人なんです!優しいし、良く見てくれてるし、あんな風に突き放すような人では無いはずなんです」




私が記憶から抜け落ちた場所で、酷い言葉を投げかけていたり、それこそ酷い態度さえ取っていなければ。でもみっちーにそんな態度、絶対に取るわけが無い。




輝さんは分かりますと、深く頷き返してくれる。一緒になってみっちーを理解してくれる人が居てとても嬉しくなった。




「交番に居る時のみっちーはどんな感じですか」



「真面目な人です。街の人からも凄く人気者で。充さんの凄い所は、訪ねて来た人の名前をちゃんと全員覚えている所です」



「そうなんだ……みっちーはやっぱり凄いなあ」



「この間も俺じゃ気づけない場所を歩いていたご年配の方にすぐに気が付いて、荷物を受け取って駅まで一緒に歩いて送ってあげていました」




この場に椅子やテーブルやお茶があるのなら、私はすぐさま長話の体勢に入ったに違いない。輝さんから聞くみっちーの話はどれも本当に素敵すぎる。




輝さんはここ最近のみっちーの素敵話を語って聞かせてくれると、「良かった」と最後に笑って見せた。




無骨そうな人だと思っていたけれど、とても優しく笑う人なんだと初めて知った。




「悪い人では無さそうです」



「わ、私ですか」



「充さんが珍しく慌てていたので、どういう人かと思っていました」




つまりはストーカー的な存在だと警戒されていたわけですね。




「充さんに俺から聞いてみましょうか」




答えてくれるかは分からないけど、と輝さんは難しい表情で言う。




一瞬「是非!」と頷きそうになったけれど、すぐに考え直して頭を横に振った。




きっと誰かから通して聞く事では無いと思う。これは私の問題で、私自身がどうしても知りたい事。




だから自分でちゃんと問い詰めて、みっちーの口から直接聞かなければ納得出来ないはず。




私って凄く面倒くさい性格だ。




「ありがとうございます。でも自分で頑張ってみるので」



「そうですか」



「―――――あの」



「はい」



「みっちーの素敵話、また聞かせてくれますか」




みっちーパパと話していた過去の記憶を思い出しながらも、今のみっちーがあの時のお父さんと同じ警察官になっている事がとても感慨深いと思えた。




輝さんは少し驚いた様子で瞬きを繰り返していたけれど、すぐに優しい笑顔を浮かべると「充さんが居ない時になら」と頷いてくれた。




帰りの電車がもうすぐホームへとやってくるアナウンスが聞こえる中、ようやくみっちーからの折り返しの電話がかかってきた。




「はいもしもし彼女です」




最後の言葉を強調すると、みっちーは『オツカレサマデス カレシデス』と片言を言うロボットみたいな喋り方で返答を返してくる。もっと心を込めて、彼氏という単語を言って欲しい。




『携帯、部屋に置きっぱなしで外出てたわ。今戻って来た所』



「携帯を携帯しないなんて、おまわりさんがしたらいけないランキング3位あたりに入りそう」



『仕事中必要な物は肌身離さず持ってますよー。っで、どうした?俺の声が聞きたくなっちゃった?まさかとは思うけど、交番覗いたら俺が居ないから電話かけてきたとかじゃねえよな?』



「交番に行こうと思って電話をしたら出ないから、そのまま向かったら輝さんからお休みって教えられた感じですね」



『ああーそっちね。あんま変わんねえけど』



「今何してた?」




何てこと無い会話のつもりだったけれど、冷静に考えると恋人同士の会話みたいで言った後から緊張した。




問われた当人から私と同じ緊張感は全く伝わって来ず、『えー?スーパー行って材料買って、今冷蔵庫に入れてる所』と返ってくる。まるで主夫みたいな事を言う。これが本当に夫なら、私はこれからウキウキでみっちーの待っている家へと向かって帰るのに。




実際、帰るマンションにはみっちーが待っていないという悲しさ。




「ふーん」と頷きながらも、駅のホームに向かってやってくる電車の光が見えた。




白線のーーーーと続くアナウンスの音を通話口が拾うと、『これから帰り?気を付けて帰れよー』と早々に電話を切ろうとする気配を感じた。




「みっちーの住んでる駅にこれから向かうね」



『は?』



「電車来た。私の降りる次の駅が最寄駅って言ってたよね」



『ちょっと待て』



「私みちかちゃん、今から電車に乗るの」



『私メリーさんみたいな言い方やめろ?普通にこえーし!ていうか待て!こっちの了承取って?話聞いてる?』



「何で?私が行ったらまずい事でもあるの?知らない女でも部屋に居るの?」



『ド修羅場みたいな会話、駅のホームでする勇気すげえわ!来た所で場所知らないだろ。俺迎えに行きませんからね!もうあのやり口は通用しねえから!分かった?聞いてる?まじで行かねえよ!?良い子にお家に帰りなさい!もう遅いから!来たら押し倒すぞ!』




子供みたいな脅し文句を言うみっちーの声を最後に、「押し倒して欲しいくらいだよ!」と言って無理矢理通話を切ってやった。




すぐに折り返しがかかってきた電話に少しだけ腹立たしくなる。




さっきはあんなに折り返しまで時間がかかったのに、なんて。




部屋に忘れて行ったのだから仕方ないと分かっているのに、あんまりにも拒否されるから意地でも行ってやらなければという気持ちにさせられる。




当たり前にその電話には出ずに、何度も何度もかかってくる電話の着信音を切ってバイブ音だけにしてやった。




バックの中で震え続けるスマートフォンに気が付かない振りをしながら、そう言えばと考える。みっちーの住む駅で降りたら、もう終電には間に合わないかもしれない。




まあ良いや、大人だからタクシーでも何でも拾って帰れる。




思い立ったが吉日という言葉が頭に浮かぶ。




車窓を流れる真っ暗な景色の中、何度もその言葉を復唱した。


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