■9■

背中がびっしょりと濡れていた。妹が俺の背中に顔を押し付け未だに泣きじゃくっているからだ。バイクの騒音に負けず劣らず、まるで子供のようにわんわんと泣いている。




それは懐かしい姿でもあったけど、俺が悪い事をしたと責められているような気にもなる泣き方だ。




「もう泣くなよ。巻き込んで悪かったよ」



「違うっ、お兄ちゃんは何も分かってない!そうじゃない!私が何に泣いてるのか分かってない!」




こんなに自分の感情に任せて怒鳴り散らす妹はあの日以来な気がする。俺に似て短気な所もあるし、頑固な所もあった妹があの出来事以来まるで人形みたいになっちゃったけど、今はあの出来事が起こる前に戻ったみたいで。




「アオさんを助けてあげてっ!どうして戻ってくれないの!」



「あぶっ、危ないから暴れないでよ!」



「アオさんがどうなってもいいの!?友達なんでしょ、どうしてお兄ちゃんは私の事ばっかりなの、もっと周りを見てよ!アオさん、お兄ちゃんのためにいっぱい尽くしてくれてるってカズ君言ってたのにどうしてあんな事するの!」




妹がバイクの後ろで暴れてる。このままじゃ転倒しかねない。無事に助けたのにお互い大怪我をして終わりそうだ。そんなの勘弁してよ。




「俺はお前が無事ならそれでいい。アオはただ、からかいがいあったから一緒に居ただけだよ、それだけ」



「嘘っ!そんなの嘘だもん。お兄ちゃんアオさんの話してる時凄く楽しそうだったもん、お兄ちゃんが行かないなら私が行くから下ろしてよ!」



「お前が行ってどうなんの。また同じ目に合いたいわけ?」



「…っ、だってっ」



「こうするしか無かった。お前と他人、どっちが大事かって言われたら俺は迷わずお前を取る、取った結果がこれだったんだよ。お前が悲しむ事なんて無い」



「じゃあ今すぐアオさんを助けに行ってよ!」



「行ってただろ、戻ってきたらどうなるかって。戻ったらお前の身がまた危なくなる。それが分かってて戻る馬鹿なんていないよ」



「そんなっ」



「もうこの話はおしまい。誰にも言うな、カズにもアオの兄貴にもだ」




何で俺が悪者みたいになってんの。




俺はお前を助けるためにこうして行動を起こしたのに、あの日みたいな後悔があるのはどうしてだろう。




今度こそやっと妹の事を助けてやれたのに何だかムカムカとした気持ち悪さが残ってる。




真っ直ぐ帰れば早いものを、わざと路地を曲がったり別の道を走ったりして遅らせて帰った。




あれからどれくらい時間が経ったのかは時計を見ていないから分からないが、数十分は経ったのかもしれないし、もしかしたら1時間以上経過したのかもしれないし。




スピードを上げて路地を曲がる。たどり着いた我が家の前、カズとアオの兄貴が待ち構えたように待っていた。家の前にはカズのバイクが静かに停車してる。そんな気がしたから早く帰りたく無かったんだ。




こいつら、ストーカーみたいだね。




「あんたら人んちの前で何やってんのさ。キモイんだよストーカーかよ」




バイクをゆっくりと停車させながらもエンジンを切って二人に向かって罵倒を浴びせる。上手い罵倒が出てこなかったのは少なからず焦りが生じたからだ。




アオの兄貴を見たら、置いてきた時のアオの顔が一瞬だけ浮かんだ。俺を責めるでも無く、恐怖に怯えるでも無く、ただ行けと背中を押すような表情を浮かべてた。




バイクをしっかりと停め、スタンドを立ててから妹を抱き上げて下ろす。ヘルメットを奪い取るように脱がせて、その背中を家の中へと押しやった。




「入りな」



「……っ」



「早く」




妹が何度も何度も振り返る。泣きながらも駆け出すようにして玄関の扉を引き寄せ、中へと消えていった。




きっと玄関で蹲って泣いているだろう。宥めるのは後だ、とりあえず。




「何しに来たの」




こいつらを追い払わないと面倒そう。




アオの兄貴が吐く、煙草の紫煙が辺り一面を闇色に染めてるみたいだった。不機嫌…なんて言葉では収まらない。俺を殺しそうな表情だ。




いつもは俺に大して突っかかってこないカズでさえ、瞳の中に怒りという感情が見える。




「何怒ってんのさ」




肩をすくめた。




「弟はどうした。」



「知らないよあんな奴。妹を勝手に連れ出したんだからその場に置いてきてやった。そのうち自力で帰ってくるでしょ」



「置いてきたんだな」



「そうだよ文句ある?」



「場所はどこだ。俺達で向かえに行く」




いつもはダラーっと気の抜けるような口調のアオの兄貴は淡々と話しを進めていく。話す時間も惜しいと言わんばかりに「どこに置いてきた」問いただしてくる。




誰が言うか。せっかく丸く収めてきたのに他人にまたごちゃごちゃにされたら堪ったもんじゃない。




「アオは蜂谷を勝手に連れ出してねえ」



「何でそんな事言える?」



「見てた奴が居たんだ。アオと蜂谷が白いワンボックスカーに連れ込まれて連れて行かれたって。場所は分からなかったからお前を待ってたんだ、どこにアオを置いてきたか言えよハチ」





カズが自分のバイクに跨るとヘルメットを頭に押し付けるようにして被った。スタンドを蹴り、今にもそのバイクを急発進させそうだ。




見られてたのか、最悪だね。誰だよこいつらに告げ口した奴、余計な真似しやがって。




「さーあ、どこだったかしら。忘れちゃったなあ」



「ハチ!!」



「うるせえな、怒鳴るんじゃねえよ。」



「だったら早く場所を言えよ」



「どうしよっかなあーアオの兄貴が土下座して俺に頼み込んでくれたら考えてもいいかもなあ」




滑稽じゃんそんな姿。土下座したその頭を俺が足で踏みつけてあげる。「お願いします」って頼み込む姿を見て盛大に笑った後「残念、嫌だよ」って言ってやるんだもんね。




人差し指でアオの兄貴を指し示す、表情を一切崩さないアオの兄貴が静かに煙草を口から引き抜くと。




「お前には少なからず兄貴として似た感情を持ってると思って大目に見てきた所がある」




火のついたそれを地面に擦り付け、吸殻を律儀にポケット灰皿に押し込む。艶かしい視線が俺に上げられた。男でもクラクラするような色気がある。




でもその艶かしい視線の奥に怒りを押し込めている事は雰囲気だけですぐ分かる。





それが爆発した時どうなるのかと以前興味を持っていた事があったけど、爆発寸前だろうこの男と向き合うとその先は見たくないなと思う小さな恐怖も出てきた。





「お前が妹だけを連れてきた理由も何となく分かる。俺の弟とお前の妹を天秤にかけられたんだ、そんな事したら妹を取るしかねえもんな。俺も同じだ、お前と弟を天秤にかけられたら迷わず弟を取る」



「だろうね」




つーっと冷や汗が背中を伝う。これは暑さからのものじゃない、恐怖だ。認めたくなんて無いけど。




「弟を助けに戻ろうとしない理由も分かる。妹は連れて帰ってきたが、脅しでもされたんだろう、戻れない状況なんじゃねえのか」



「……」



「でも、俺にはそんなのは関係ねえ。分かるだろ、兄貴として譲れねえ気持ちがある。お前がそうしたように」




いつの間にかアオの兄貴との距離が縮まっていた。背中にどんっとコンクリートの冷たい感触に阻まれて自分が後退していた事に今更気づいた。




俺が悪いって言うの?そんなのおかしい。俺は何も悪く無い。





「弟に甘すぎるんじゃないの?アオは男なんだよ?それに俺はあいつと喧嘩した事がある、俺とほぼ互角にやりあえたんだ、一人で何とかできるような相手ばかりだった」



「……」



「あいつにナイフも持たせてる。いざとなったらそれで相手を」



「刺せねえよ」



「……」



「あいつは他人を刺せねえ、そういう奴じゃねえ。それにお前が思っているような結果にはならない」



「…は?」



「お前は弟が自力で何とかして軽症で帰ってくると思ってるんだろ。それは違う、下手したら抵抗しねえかもしれねえ、良くて抵抗したとしても重症だ」




アオの兄貴が静かに指先だけで指示を出す。バイクに跨っていたカズがそれを合図にバイクのエンジンを付けた。




振動がコンクリートから伝わってくるほど大きな音でバイクが唸る。バイクまでまるで怒ってるみてえに。




「あいつは自分が怪我する事をついつい軽く思う所がある。お前とお前の妹、それと自分が怪我する事を天秤にかけたらあいつが取るのは必ずお前らの安全だ。自分が犠牲になろうが、ただの八つ当たりに使われようが、どんな目に合おうがあいつは文句も一切言わねえし誰も責めねえ」



「……そんなわけ無いじゃん」



「ある」



「馬鹿じゃねえの。誰だって自分が大事だろうが、俺がアオと同じ立場なら他人なんて関係ない」




だって自分が犠牲になるなんておかしな話だ。この事件に関係してないなら尚更ね。置いていかれた事も思えばきっと今頃アオはナイフで反撃してる頃だ。もしかしたらもう片付いてるかもしれない。




無傷では無いだろうけど大怪我だってしてない。そうだ、絶対。




そこまで他人を大事に出来る人間が居るわけない。居ないよ絶対。




アオの兄貴が静かに闇夜に視線を這わせ、意を決したように俺に再び顔を向けた。




「俺達がまだガキだった頃、場所は言えねえが他校ともめてた事があった。その時弟は人質に連れて行かれて相手の奴に殴られた」



「そんなの普通だ」



「違う。その間あいつは一切抵抗しなかった、実際弟は何も悪くねえしただ嵌められただけだったのにだ。自分でもそれが分かっててそれでも一切抵抗しなかった。俺達が駆けつけた時にはひでえ怪我で、まるで拷問されたみてえだったんだ」



「……」



「それでも誰も責めなかった。自分を殴った奴も責めない、駆けつけるのが遅くなった俺達も責めなかった。あいつはそういう奴だ。」





ジっとこちらを見据える兄貴が一旦言葉を切って、吐息と共に次の言葉を吐くその間、俺は馬鹿じゃないかと思った。




俺ならそんなの耐えられない、耐えない。人に殴られ続けるのも、ましてや俺自身が何も悪くないのなら尚更だ。ジっと耐えるなんて馬鹿はしない。




「お前の御託はどうでもいい。弟をどこに置いて来たか言え」





どっくどっくと心臓が早鐘を打つように暴れまわる。アオの兄貴の言葉は信じられない。それなのにどうしても嫌な予感が消えない。




「はっ、ハチ!おい!」




振り切るように停めておいたバイクに跨った。エンジンをかけ、勢い良くグリップを握る。急発進したバイクにしっかりと捕まって元来た道を急いで戻った。




何してんだろ、こんな事したら妹がまた危ない目に合うかもしれないのに。




サイドミラーに一瞬目を向けると逃がしてなるものかとカズが運転するバイクが俺の後を追いかけてきていた。構ってる暇は無い。そのまま近道をなるべく選んで元居た廃ビルの前までたどり着いた。




バイクを投げ捨てるような形でビルの前に置き、中へと駆け出す俺の後ろで二人分の足音が追いかけてくる。





静まり返るビルの中、あいつらもアオの姿も残ってなかった。はは、やっぱり、やっぱりね。




「ほら見ろよ。アオは自分で何とかしたんだよ。」



「だとしたらそいつらがここに残っててもおかしくねえんじゃねえの?」




指摘するようにたどり着いた兄貴が言う。足元は薄暗くて良く見えない。慎重に踏みしめるように歩くとネチャリと嫌な音がした。




ハっとして足を退けてしゃがみこんでみる。片手をその場に着くと、もう大分冷たくなった液体が付着していた。月明かりに照らすように片手を持ち上げる。手の平が真っ赤に染まっていて言葉も出なかった。




地面にナイフが転がってる。ナイフの刃先にはべっとりと赤色が纏わりついていて、散乱するガラスの上にはアオの両手を拘束していたものらしきロープが蛇のようにうねって落下していた。




そのロープも所々赤が散っていて。




「おい、クウ!これ」




カズの声にハっとして兄貴と共に顔を上げると、カズはビルの入り口である壁を指差していた。




べったりと赤い色が付着しているそこに手形らしき後が残ってる。まるでホラーみたいだが、その手形に自らの手を押し付けた兄貴が「弟だ」顔をしかめて外に飛び出した。




その後をカズが追いかけて外に消えていく。




取り残された俺は呆然としたままに足元に転がっている金属バットに視線を止めた。ジっと見つめ続ける事数秒、金属バットに手を伸ばし時間をかけて持ち上げる。それを持ったまま外に出た。




バイクを置いていったカズとアオの兄貴がどこに走って行ったかは分からない。追う気にも慣れず、なぎ倒してあった自分のバイクを一瞥し、辺りをキョロリと見渡してみる。




廃墟にも近いビルが連なるこの道は街灯がほとんど着いて無い。真っ暗闇の中月明かりだけが頼りになる。分かれ道がいくつもある路地を、本能が赴くままに突き進んだ。




右手にしっかりと握り締めた金属バットがガーラガーラガーラガーラとコンクリートをこする。




暫く歩き続けると自販機の煌々とした光が遠くに見えてきた。その前に見慣れた奴等の姿が光に照らされて映る。何かから逃げてるようだったが足を引きずってる辺り怪我をしたらしい。




足元を見れば自販機の光で薄く照らされるそこに微量の血の跡が着いていた。なるほど、やり返しはしたらしい。




でもアオの兄貴が言って居た通りでアオも怪我をしたのかもしれない。コンクリートの壁にべったりとついていた血の手形は相当な血の量を示してた。




元からこいつらが約束を守るだなんて思っていなかったけど、この目で見たら沸々とした怒りが湧き上がってくる。




片手に握り締めていたバットを両手で握りなおし、地面から持ち上げた。




地面を蹴り飛ばし、足を引きずるようにして歩いていた男達の元へと一瞬で追いつき。





「―――っ、ハチ!!ぐあっ!!」




男の一人を野球のスイングの如く、渾身の力で打った。異様な音がバット越しに伝わる。血を流し倒れた男はピクリとも動かなくなった。




それを見て驚愕の表情を浮かべる残りの奴等をジっと暗闇の中見つめる。




「なっ、何のつもりだてめえ。約束が違うじゃねえか」



「約束?どの口がそれを言うのさ。先に破ったのはそっちじゃない」




バットについた血を払うように一振り。




ビシャっと音をたて床を汚した赤色が綺麗だ。




「まあそもそも?お前らが約束を破ろうが守ろうが、落ち着いたらお前らの事消しに行く予定だったけどさ」




悲鳴を飲み込む音がした。金属バットを持ち直す。助走をつけてまた一人、右から左に弾き飛ばすようにして打つ。




痛みで絶叫した男の声が五月蝿くて足で顔面を踏みつけてやった。





やっぱり俺にはこれしかない、これがあってる。自分の手で消していく方が安心で確実なやり方だ。





恐れる事なんて何も無い。こいつらが動く前に消せばいい。他に漏れる前に噂なんて止めればいい。




そうこの手で確実に。他人は信用ならなくても自分は信用できる。絶対に失敗しないし裏切らない。




「泣き叫んで許してくれって言えば許してあげる」




蹲り痛みで喚く男に甘い声を落としてやった。




バットの先で男の顎を持ち上げると男は呆気なく「許してくれっ、助けてくれ」と懇願した。




何て愚かでクズで生きる価値の無い人間なんだろうね。




「残念、許してなんてあげないよ」




―――――――――――。





痛みと苦しさで息を何度も吐き出して顔を上げた。真っ暗闇の中、逃げたあいつらの姿は見えない。




「くそ」




ここで逃がしたら意味がねえ。それは分かっていても一旦止めた足を再び動かすのが困難だ。




足元を確認しなくても血が流れ落ちてるのが分かる。足首に至っては痛いのか熱いのかすら良く分からねえ。




「どっちに行った」




途中までは終えてたはずなのに、と頭を振って目を凝らす。油断したら呆気なく意識が落ちそうだ。





膝を付き添うになり、踏ん張るようにして両手を両膝に押し付けて奥歯を噛み締めるーーーーとそこで言葉には例えようのない妙な音が聞こえてきた。




静かに足元に視線を落としたまま耳を澄ませる、立て続けに二回ガリだかガツだが分からない音がした。




ゆっくりと顔を上げ足に力を入れて音のした方に駆け出した。途端、身体のそこら中が悲鳴を上げたけど無視して走り続けた。




暫く行くと十字路の道に差し掛かる、丁度ど真ん中で足をふいに止めた瞬間、視界の隅で黒い影が動いたのが見えた。




顔をそっちに向けると自動販売機の煌々とした光に照らされたそこで、ハチが金属バットを地面に倒れる男に振り落としていて。




「……っ」




息を飲む、笑いながらも振り落とすハチが何でそんな事をしてんのか理解出来なかった。




理解できねえけど、止めねえと駄目な事だけは分かって慌ててハチの方へと足を向ける。「ハチ」呼びかけて駆け出した瞬間、ハチが振り向きざまに金属バットを俺に向かって思いっきり振ってきた。




驚いて飛び退こうと足に力を入れ激痛が走る。間に合わねえと悟り腕で受け止めようとした寸での所でバットの動きがピタリと止まった。




俺の顔を凝視したハチが俺を上から下まで確認し、再び男達に向き直る。




「お前なんでここに居んだよ」




問いかけるが、乱れる髪の隙間から覗くハチの瞳は鋭いもので。まるで殺人者みてえだ。




地面に倒れていた奴等は紛れも無く、さっきの連中だった。どういう経緯でこうなったかは分からねえが、ハチと遭遇してやられたんだろう。どっちみち、ハチが簡単にこいつらを許すとは思ってなかったが。




俺の目の前で再びハチがバットを高々と振り上げた。片手でそのバットを掴み、無理矢理奪い取り地面に捨てる。ガラガラガラと甲高い悲鳴が上がった。




「何すんの」




そこでやっとハチが発した声は驚く程低く、俺を嗜めると言うよりも脅すような声。





「何すんのじゃねえよ、お前は何してんだよ。妹はどうしたんだ」



「家に置いて来たよ」




言って、地面に転がっていたバットを拾おうとハチが足を運ぶ。それを見てバットの前に立ちはだかるようにして移動した。




「もうやめろ、そいつら気絶してんだろ。それに…もう十分やりすぎだ」



「やりすぎ?どこが?こいつらは俺とした約束を破ったんだよ?それにアオだってそれだけ手出されたんだ、俺がちゃんと仕返ししてあげる。」



「いらねえよそんなの。お前の妹が気づいたぞ」



「何をさ」



「お前が復讐止めてねえ事をだよ。傷ついた顔してた、妹のためを思ってそれで止めてやれ」



「妹のため?こいつらは自分が危なくなったら他の奴等にも話すって言ってたんだよ。きっとそれは嘘じゃない、喉を潰してやろうか。それとも喋れないように精神的に」




本当に何を言っても聞かない奴だ。




「兄貴のそんな姿、妹に見せんじゃねえよ!」



「妹を守るためなら俺は何だってするし何にだってなれる。そんなに言うなら上手に二つの顔を使い分けてやろうか」




ポケットからハチが何かを取り出した。ビュっと真下に一度振った事でたたまれていたナイフが飛び出す。




その刃先はしっかりと地面に倒れる男達に向いた。




威圧するような空気を纏いながらも視線はしっかりと俺に止めたままハチが低い声で言う。




「邪魔するならお前もこれで刺す」



「…脅しても無駄だぞ」



「そうだろうね、でもこれはーーーーー脅しじゃない!」





真下に向けていた刃先が俺に向かって突き出すようにして飛んできた。フラついて地面に尻餅をついたものの、それで一旦難を逃れたらしい。




ハチが突き出したナイフは俺の頭上で一旦ピタリと止まったが、次の攻撃が落ちてくる。刃先がズドっと今度は上から下に落下してきた。




横に転がるようにして避けたが一歩遅れて肩を切られた。抉り取られるような痛みがあった。





「はっ、ハチ」



「分かったでしょ。痛いのが嫌なら黙ってな」



「それじゃお前と共犯になっちまうだろ」



「いいじゃん共犯。お前が俺の悪行を黙って見てた事、俺は他に漏らしたりしないから安心しなよ。これでも口堅いんだ」



「そういう問題じゃねえだろ」



「アオ、俺の言う事聞けないの?」




そんなの許さないよ、とハチが刃先を見せ付けるようにして警告してくる。大抵の奴ならここで渋々引きそうだ、でもな俺はこれでもしつこいランキング上位の人間だからな。




肩を押さえながらも立ち上がり頭を横に振った。





「聞けねえな」



「なら死ね」




そんなあぶねえ言葉吐くんじゃねえよ、それで俺が本当に死んだらどうすんだ。




きっとそれでもこいつは悲しまないんだろうけど。





ナイフの柄を強く握りなおしたのが見える。表面を突き破り、深い部分まで押し込んでやろうと、しっかりと息の根もしくは致命傷を与えてやろうとしてるのが分かる。





ナイフの先から目が離せない。闇夜と同化されたら終わりだと思え。




自分に言い聞かせるようにして体勢を立て直した直後だった、ハチの真後ろから突然何かが飛び出してきた。




俺は気づいたがハチは気づけなかったらしい。「っ」と俺が息を飲んだ瞬間、ハチの真後ろから飛び出した陰が何か黒い物でハチの後頭部を強打した。




なかなか良い音がしたかと思えば、ハチが俺の目の前にドサっと落下して動かなくなる。




呆気に取られながらも突然現れた影を見やれば。




「はっ、びっくりした…」




スーツのネクタイを指先で緩めながらも、ハチの頭をたった今強打したであろう固そうな仕事用鞄を床に落下させ焦った焦ったと笑ってる男がいた。




紛れも無く、親父だった。まあ勿論若い姿だけど。




「……」




ハチ、親父、と交互に見た後もう一度突然現れた親父に視線を止める。落とした鞄を拾い上げた親父はハチに視線を下ろし。




「いやーなんか面倒くせえ事やってるなあーって思って素通りしようと思ったんですけどねえー良く見ればアオさんが襲われてたので」




ヘラヘラと笑いながらも「この人死んだりしてませんよね?」とハチを顎で示す。さすがにそれはねえと思うけど。




「つうかアオさん酷い怪我してるじゃないですかあー、この人にやられっ、うわっ!何だこいつら」




地面に倒れている男達にも今更気づいたらしい、どこか抜けてるっつうか頼もしいっつうか。




「…そいつらは気にすんな。とりあえず…」



「とりあえずアオさん病院行った方がいいですよー、歩けますか?俺丁度仕事終わった所なんで付き合いますよ。」



「いや、俺は」



「礼言いたかったんですけどあれから会えなくて、あの時の借り返させてくださいよー」




この場には不釣合いなほど冷静で気の抜けるような声を発する親父は、携帯を鞄から取り出すと「嫁にとりあえず連絡してー」と言いながら携帯を指先で暫く弄り。




「何かわけありな感じみてえだからおススメの病院紹介しますよ。廃ビルみてえな所らしいんですけどねー」




淡々と話を進めながらも俺の元へとやってきた。肩を貸すようにして親父が少し腰を屈めるが、ハチをこのまま置いてったら起きた後がまた面倒臭そうだ。一緒に連れて行った方が良いだろうな。




「俺はいいんで、こいつ引きずってってもらってもいいっすか」



「えーこの人?大丈夫なんですか?襲われてましたけど」



「まあそれもちょっとわけありで…」




口ごもりながらも親父に説明している途中、「アオ!」俺を呼ぶ声が聞こえてきた。今度は何だと親父が現れた方へと視線を投げれば、カズと兄貴が駆けてくる姿が瞳に映った。





遠めからでも兄貴がこの場の状況をザっと確認し、親父が居る経緯が分からず小首を傾げたのが見える。




俺の口では上手く説明出来そうにねえな、と半ば諦めながらも安心感からそっとその場に腰を下ろした。

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