■5■
実際俺は見ては居なくて、これは聞いた話だったけど、それを話した人間は一人一人名前を上げる事にその人間を殺していくように立てた指をゆっくりと時間をかけて折っていた。
まだ全員は分からない。
どこから声を出しているのか疑わしくなるほどこいつの声は荒んでいた。
絶対に許さない、殺してやる絶対にだ。と毒を吐くように言っていた。
「悪いな本当に」
十字路の別れ道、カズがもう何度目になるか分からない謝りの言葉を口にして深く深く頭を下げる。あまりにも深く下げすぎて、そのまま膝と額がくっつきそうだ。
まだ太陽が真上に近い位置でジリジリと揺れてる。暑い。ここはサウナかと思うほど吸い込む空気も熱気をまとってる。
涼しげな白地のTシャツにジーンズ姿のカズはこうやって見れば体格の良いなかなかの好青年に見えた。へえー。
「気にすんなよ、お前にばっかり頼りきってられねえし。俺に合わせて大学休みっぱなしもさすがにやべえだろ」
自分が現代では大学に通ってる人間だからそういうのは理解してる。俺と一緒になって翼を探す事に躍起になっていて単位を落としたなんて笑えねえ話だ。
カズと一緒に外に出て、この日は俺一人で翼の事を探そうと思ってた。翼が居なくなって数日は経ったけど、まだ全然諦めきれてねえ。
カズも「もう諦めようぜ」その言葉は一切口に出さなかった。
大学が終わって忙しいだろうに、俺と一緒になって必死に探してくれてる。それなのにまだ全然―――――。
「諦めんなよ」
十字路の右の道に片足だけを一歩置いていたカズが静かに嗜めるような口調で言ってきた。
どうやら俺はそういう顔をしていたらしい、つまり諦めかけていたと。
そうだよな、まだ諦めるには早いよな。
「ああ、分かってる。あっちいけど弟を探しに行くわ。もー本当困った弟なんだからよー」
「俺も大学が終わったらお前と合流する。携帯持ってねえんだもんな、いい加減携帯くらい持てよ不便だな」
持ってはいるけど、これが使えねえんだわ。
未だに携帯画面は真っ黒。不便だ本当に。現代なら携帯一つあれば簡単に連絡が取れてた。無いってこういう感じなんだな。
「じゃあ、またいつもの公園に夕方待ち合わせだ」
「ああ、」
カズが片手を上げて右の道に駆けて行く。駆けて行ったあたり、もしかしたら時間がぎりぎりなのかもしれねえ。その後姿を見ると申し訳なくなる。
カズちゃんカズちゃん、今日の弁当はお前の好きなおかずたんまり入れてやったからな。後ろ姿に心中でそう言ってから俺も左の道へと足を向けた。
懐かしい道に錯覚すら覚える。もしかしたらもう俺は現代に帰ってきたのかもしれねえ、と。でもそうじゃねえんだよな。
やってられねえまじで。
「さてどうすっかなー」
翼が居なくなってから探す所は大方探し終えた。もう後は運に任せるしかねえような気もする。こういう時、俺じゃなくて翼の方が強いんだよな。
何となくあっち、何となくこっち、で何度か正解を引いた事が弟にはあった。それに反して俺はひたすら正解を求めて考えあぐねるから時間もかかるし、最悪運任せしかねえ時は全然俺の運は宛てにならねえ。
困ったもんだ。
仕方がねえのでとりあえず左の道を真っ直ぐ突き進み、分かれ道になった所で足を止める。
静かにジーンズのポケットから馴染みの煙草を引き抜いて口に咥えた。
暑そうに額を汗で拭いながらもスーパーの袋をぶら下げた主婦らしき女が目の前を通り過ぎる。見送ってから先端に火を灯し風に飛ばされるようにして舞う紫煙を視線で追った。
灰色の紫煙が分かれ道を右に行く、良しこっちだな。行きかけた所で風向きが変わり左の道に紫煙が、こっちか。
風にまで弄ばれてる気がしてきたぞ。
とにかく、と左の道を突き進む。行き当たったのはカズとここ最近合流に使っている公園前だった。
まだ昼少し前の時間、この暑い時間帯だからか子供連れの親子も居らず、居るのは仕事の休憩中なのかシャツにズボン姿の男が一人…っ!
「あ。」
公園の中に居る男に気づいた俺と同じく、公園の中に居た男もどうやら俺に気づいたらしい。一見サラリーマン風の男は紛れも無く。
「えっと、アオさんの兄貴さんだ」
「……」
俺の親父だった。勿論まだ随分と若い。
「どーも」
とりあえず行き場もねえしと公園の中にフラリと足を向ける。入る手前で煙草の火を地面に擦り付けて消した。
ベンチに腰掛けていた若い親父、海は膝に弁当箱を乗せて「つうか久しぶりっすねえー」眩しそうに俺を見上げて瞳を細め屈託無く笑う。
弁当箱の中身は何とも悲惨な状態だ。それほぼ炭じゃねえか。つう事は母さんと別れてねえんだな、うん。
「どうもどうも、お久しぶりですねえー」
「俺、アオさんと兄貴さんにお礼あれからずっと言いたかったんすけど連絡先知らないし、あれから全然会えなくて」
「あれから?」
小首を傾げながらも親父の隣に腰を下ろした。
炭にも近い物体を親父はヘラヘラと笑いながらも食ってる。大丈夫かそれ。
「一年くらい前になるからもう覚えてないかもしれないっすけど、俺、アオさんに呼び出されて公園に行ったらさくらが居て…後々思えばあれはアオさんと兄貴さんが俺達のために引き合わせてくれたんじゃねえかと思って」
「ああー」
「さくらにも聞いたら兄貴さんの方に呼び出されたって言ってて。さくらと面識あったらしいっすね、話は聞きました。色々愚痴聞いてもらったとか」
そう、全部親父の愚痴ね。
「上手くいったみたいで?」
俺達がしたことについては濁しつつもそう言えば、親父は恥ずかしそうに「はい」カリカリと頭を掻いて頷いた。
あの時とは大分髪色も変わって、真っ黒に染まっていたけど若々しさは全然ある。まだ俺達の親父の表情とは程遠い。
「上手くいってるなら何よりっすよ」
一緒に住んでるのか、はたまたわざわざ母さんが毎朝親父に手作り弁当を届けているのか、親父が取りに行ってるのかーーーーまあそこまでは知る必要は無い。上手くいってるならそれでいい。
「今日はアオさんは?」
ジャリ、隣から異様な音がする。今ジャリっていったぞジャリって。食べ物の音か?
「弟は…」
「…?」
「弟…と…」
「何かあったんですか?」
すぐに何かを察したように隣に座る親父の表情が強張った。察するのが早い親父だが、どう説明しようか迷う。
まさか宇宙人で…って、こんなのカズにしか通用しねえしなあ。
「弟は今日ちょっと用事があって来られないんですよね」
色々あって生き別れたといっても「どうして」こうなるだろうし、何を言っても上手く説明が出来ねえ。特に事情を良く知らねえ人間だと。
言って、協力してもらえるなら何よりだがこれはもう諦めるしかねえなと嘘をついた。
俺の言葉に親父はいぶかしむようにして表情を歪め「本当ですか?」聞いてくる。
探るような表情が翼に似てるように見えた。「兄貴本当かよそれ?」重なった弟の姿に気持ちが落ち込む。
「本当ですよー、でも会った事は伝えておきますねー。きっと弟も喜ぶ」
「何も無いならいいんですけど、色々手伝ってもらったわけだし、本当何かあったら何でも言ってくださいね。俺、協力しますよ」
「ありがとうございます」
腕時計を確認した親父が慌てたように弁当の中身を口に押し込む。あわあわと慌てながらも空っぽになった弁当箱の蓋を閉め、「そうだ」とベンチの端に置いてあったバックの中からメモ用紙を取り出した。
真っ白な小さな紙にさらさらとペンを走らせ俺に向けて差し出してくる。
視線を落とせばどうやら携帯の番号らしい。
「渡そうと思っていて会えなかったんで、今度是非さくらと一緒にお礼をさせてもらいたいです。アオさんも一緒に」
「…言っておきます」
「あ、それと」
バックの中に取り出したメモ用紙の残りが再び戻っていく。パタンと乱暴にバックを閉じて腰を上げた親父が思い出したように頭上から俺を見下ろした。
何とも浮かない表情。
「この辺り、最近やけに治安が悪くて。気をつけた方がいいっすよー」
「そうなんすか。それを言うなら、海さんも気をつけた方がいいんじゃ?彼女の事ちゃんと」
「あ、いえいえそうじゃなく」
俺の言葉を手と言葉で遮った親父が腕時計を確認しながらも捲くし立てるように言った。
「不思議な事に男ばかりがやられてるらしいっすよ。」
「へえー?喧嘩か何かっすかね?」
「結構惨いみたいだから本当、気をつけた方がいいです」
「気をつけます」
「すいません、ちょっとこれからまた仕事に戻らないといけないんで」
「はいはい」
「ではまた」
「はいー」
親父はあんな適当人間だけど一応一生懸命仕事をしているようだ。慌てたように公園を出て行くものの、どうやら疲れたのか少し走った所で歩き出した。
立派な社会人…とは言えねえみたいだな。
不思議な事に男ばかりがやられてるみたいっすよ。親父が言っていた言葉を思い出す。見慣れた光景だったから大した事もねえだろうと、この時までは思ってた。
けれど夕方になり、カズと合流してからこれがただ事じゃねえんだとこの目で見て悟る結果になった。
「…なんだこれ」
「……」
大学を終えたカズと公園で合流し、いつものようにそのまま二人で翼を探しに足を向けた。大して宛てもないままに道を良く知るカズの後ろを着いていき、たまたまたどり着いた脇道でふいにカズの足が止まる。
何だ?と暗い脇道の先に視線を向けて固唾を飲んだ。
すぐに親父が言っていた事はこれだと悟るほど惨い状態の男がそのまま道に放置されていた。生きているのかも分からないほど酷い状態だ。
灰色の地面を点々とどす黒い色が染める。投げ捨てられたような状態で地面に倒れたままピクリとも動かない男が2人。
一目見ただけで分かるーーーーーーーーーこれは喧嘩とかそういう事じゃねえぞ。
「最近治安悪いって、風の噂で聞いたぞ」
隣で呆然と立ち尽くすカズに今朝親父から聞いた事をやんわりと話す。屍のように倒れている人間を見たことは確かにある、でも全然こんな感じじゃねえ、状況が違いすぎる。
地面に倒れる二人の男はほぼ全裸にも近い格好だった。後ろ手に強引に縛られたのか腕は片方折れたように妙な方向に曲がってる。口には服の切れ端か何かが押し込まれていた。
「カズ?」
隣のカズの名前を呼ぶ。妙な現場にあてられたのか微動だにせずジっと目を見開いて男達を見ていたカズが俺の声にハっとしたように顔を上げた。
ゆっくりとこちらに顔を向け「ああ」答えにならぬ答えを一言だけ返し。
「そうだな、最近こんなんばっかだ」
「喧嘩とかそういう感じじゃねえよな、これは」
なんつうかーーーーまるで、憎しみこもった復讐みてえな。
「……」
「ひでえ」
鼻を突く血の匂いに、そっと片手を口元に押し当てる。知らずこんな場所に出くわしてたらさすがにトラウマになりそうだ。
「男ばっか狙われてるって聞いたぞ」
「らしいな。何が原因とか…良く…分からねえけど」
たどたどしい言葉が続く。目の前に広がる惨い光景から視線を斜め下に逸らしたカズの表情は優れない。暗闇だからか顔色は真っ青と言うよりも真っ黒に見えた。
「こんな事したって何も救われねえのに」
独り言のようにカズが呟く。
「どういう意味だ?」
「いや、見るからに喧嘩じゃねえし。何かの復讐みてえだろ。だからさこんな事しても意味ねえのになって思って」
「そうか」
それにしてはやけに知った風な口ぶりじゃなかったか?
隣のカズに視線を止めたまま記憶を静かに手繰り寄せる。ついこの間、カズのマンションに来たと言う友人をふと思い出した。俺には合わせられねえと言っていたその男だ。
もしやーーーーー。
「……」
「行こうぜクウ、ここに居ても俺達があぶねえ」
「どうすんだこいつら。救急車とか警察とか、そういうの呼ばなくていいのか?」
「こいつらだってきっと呼ばれても困るだろうよ」
「何か知ってるみてえな言い方だな」
ポイと言葉を放り込む、途端カズは一瞬ギクリと体を強張らせたが「知らねえけどさ、」取り繕うようにそう言って早足で俺の横から歩き出した。
もう何も聞くなと言う事らしい。俺も俺で弟が見つからない今の状況で、また面倒な事に巻き込まれても困ると口を閉じた。
真後ろから未だに血の異臭が漂ってきていた。
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