会うは別れの始め

■1■

出会った時から

別れは始まっている。













高校を卒業するとそれぞれの未来に向かう事で忙しくなり、なかなかいつものメンバーが集まれない辛い現実がまず襲いかかってくる。





それでも深い絆を持つメンバーはそんな事にはめげず、【じゃあまた今度】と次に出直すわけだが、それが何度も何度も繰り返されて。




「結構経ったな、どれくらいだ?」




俺の向かいに座る青井 空、俺の双子の兄貴はブラウンの髪を指先に巻きつけながらも届いた烏龍茶の入ったコップに口を着けて苦笑した。





高校時代悪目立ちする銀髪だった髪は俺と似たブラウンの髪へと変わってしまったが、こいつの銀髪にこだわっていた理由はもう既に解決したので俺と似た色になろうがどうなろうが関係無いらしい。




その答えを俺の隣に座っていた彼女の愛理が答える。




「ほんと久しぶりな感じがする。全員で会える事ってなかなか無いもんね」




もう呑める歳のくせに気を使ったからかそれとも明日控えているモデルの仕事に支障が出る事を恐れているのか、同じように届いたジュースを口に含み苦笑した。




その言葉に確かに久しぶりだなと考える。





仕事をしていると時間が経つのはあっという間であまり実感がわかない。




前回会ったのはどれくらいだったか、もう既に夏真っ盛りの季節になった。外仕事の俺は少々バテ気味だったりする。




「あっという間だなあ、こうやって俺らも歳取ってくんだろうな」



「そーちんまだ若いだろ、」





空の言葉に口を曲げた隼人はまた随分と身長が伸びた気がする。




俺らなんてもう成長止まった気がすんのに、いつか追い越されたらどうしよう。




それはそれで困る。今日から牛乳飲んでみっか、意味あんのかな。




赤茶の髪は健在だがトレードマークだった前髪ちょんまげ頭はやめたらしい。




「慎はどうなんだ。親父さんの仕事とか手伝ったりしてんの?」




隼人が個室部屋の壁へと背中をどっかと預け、隅でメニュー表を広げていた慎に問う。





俺も人の事は言えないが、あれだけ目立つ髪色だった金に銀メッシュから一気に黒色へと変えた慎はやけに大人っぽく、そして綺麗さにさらに磨きがかかったように思う。




慎は数秒間を空けて、メニュー表をそっと閉じると。




「まだ全然手伝ってないよ」




困ったように笑いながらも「でも」言葉を続けて膝を抱えた。




「パーティーとかには結構参加してるかな。特に何かしてるわけじゃないけどさ」



「やけどああいうのが一番面倒やろ、俺の一番嫌いな行事ではあった。」




高校卒業後一番大変と言っても過言では無い優。




モデルをしながら大学に通う優は大変そうだが既に有名人にはなりつつある。




街中を歩けばドンと見慣れた男のポスターがそこら中に貼られていて、CMでも時々見かける。




そんな優も昔は金持ち坊ちゃんだったから慎の気持ちが分かるらしい。




家出してたった一人でこの街に来たわけだが、最近は親父さんと結構上手くやっていると聞いていた。そもそもモデルの仕事をする事にならなければ関西の方に帰っていたかもしれないわけで。





「パーティーでヘラヘラ笑うのが死ぬほど辛かった、」



「分かるよ。俺もすっごい笑顔引き攣るし、最悪トイレに逃げる。」



「俺もその手を良く使って」



「で、」



「スーツに」



『連れ戻される』




二人声を合わせて言った慎と優は『やっぱりー』相変わらず仲良さげに笑い合う。





この二人は同じ大学なので俺達よりはお互い顔を合わせる時間があるようだ。




俺も彼女の愛理とは出張が無ければ時間が合わずとも寝顔くらいは毎日見れるわけだが。




「ていうか皆、相変わらずだよね」



「お姉さんが言うなよ。お姉さんこそ最近雑誌の表紙ばっかりやってるくせに全然トップモデルの自覚無しじゃねえか」



「いやいやトップモデルじゃありませんし。全然力及んでません」



「愛愛って相変わらず謙遜するよな」



「隼人くん違うんだこれは、そういう事じゃないんだよ」




モデルの仕事についた愛理もまた忙しい日々を過ごしていたりする。




早朝からの撮影やら真夜中の撮影やら、雑誌の中を彩るために昼夜問わず色々な時間帯で引っ張りだこ。




一緒に暮らしていても時間が合わず会話がほぼ出来ない時もあったり。




時々本屋に立ち寄って彼女が雑誌の表紙にドンと写りこんでると何とも言えぬ気持ちになる、悪い意味でなく、男子高校生が「モデルのこの子超可愛いよな」「俺、待受だよ」なんて言ってる会話に「(俺の彼女だし)」なんて心の中でちょっとした優越感もあったりする。




隼人と優と慎と共に日常会話に花を咲かせる彼女を見やる。久しぶりに集まれた面子に楽しそうで何よりだ、と。




「なあ翼」




久しぶりに会った兄貴がコップを手に取り俺へと歩み寄った。




花を咲かせる面子を横切り俺の隣にストンと腰を落とす。




トップモデルが二人も居るために騒がれぬよう、個室を予約した。




畳のこの部屋の中、刺繍入りのクッションを引き寄せ両手で抱えた俺に相変わらず色気を放出する兄貴は持ってきたコップをテーブルへと置き。




「実家、帰ってるか?」




そう問いかけた。




「いや、家出てから全然帰れてねえ。仕事忙しいし、まだ慣れねえから帰ってる暇ねえんだよ」



「俺も同じようなもんなんだよな。大学とバイトもしてっからなかなか」



「なんだっけ、レストランの厨房?料理作ってるんだよな?」





親からの仕送りを宛にしない兄貴は相変わらずだ。




受け取るには受け取ってるらしいがたぶん手は着けていないと思う。





自分のバイト代で生活面は何とかしてる兄貴はさすがすぎる、勿論隼人も同じだけど。




大学生活が落ち着いてからバイトを始めたと連絡を受けていた。




料理が出来る兄貴はちょっと洒落たレストランの厨房で働いてるらしい、似合うと思う。




「そうそう、楽しいぞ。結構イタリアンが多いんだけどな、俺今まで煮物とかの方が好きだったろ?最近イタリアンも上手くなってきた」



「へえー良いじゃんかよ。今度食わせろよ」





実家に帰ってるかという話から会話はどんどんと逸れていく。久しぶりに会ったものだから会話は尽きない。




兄貴は相変わらず元気らしい。





「今度時間合ったら作ってやる」




言って、ずっと吸っていた銘柄のタバコを取り出した空は口に咥えてジッポをカチリと慣らし先端に火を灯した。




「そだな、時間が合ったら」




それぞれの道を行く以上、すれ違いはどうしようも無い。次いつ会えるかもまた未定になる。けれどきっとそのうち、いつかは予定が合うだろうというのが俺達。




こういう能天気な所が上手くいく秘訣なのかもしれねえなと思いながらも兄貴が吐いた紫煙を視線でフっと追いかけた。




「つーくん、今日たまには空の家で語りあったら?」




店を出て当たり前のように彼女と共にマンションに帰ろうとした俺に彼女はそんな言葉を告げてきた。確かに明日は休みだけど。




「久しぶりに語りたい事もあると思うし」



「ん、」




それは、まあ、あるにはある。





俺が話すと言うよりも兄貴の話をたまには聞いてやりたい。意外とこれで構ってちゃんな兄貴だから一人暮らしは寂しい思いをしているんじゃないだろうか。まあ、猫もいるわけだけど。




卒業後、兄貴と共に拾った【あずき】と命名した猫の事をふと思い出す。完璧に空贔屓の黒猫とまだ俺は仲良くなれていない。




頭を縦にうんうんと振る俺を見て空は苦笑しつつも「来るな」とは言ったりしなかった。




「じゃあまた今度」



「予定合ったらその時に」



「また。愛理ちゃんは今度の仕事で」



「またね」




それぞれ慎に隼人に優に、と暗闇の中へと消えて行くそれに俺達は手を振って3人が見えなくなった事を確認してから互いに一度顔を見合わせた。




彼女が良いと言わなければ空が気を使うだろうというのは俺も愛理も知っている。だから敢えてすぐに行く事を進めてくれた彼女の優しさを汲むべきか。




「けどお前1人じゃあぶねえだろ」



「いや、全然平気っすね。昨日録画しておいた映画見たいから走って帰るし、気は使わないで」




相変わらず慌ただしい女だ。




既に走る準備を整える愛理に俺と空は苦笑して「悪いな」と手を振った。




無理に送ると言えばそれはそれで嫌がる彼女だ、気を使ってくれたんだろうけど申し訳ない。




俺達に背を向けた愛理が言葉の通りダッシュで暗闇の中を走り出す。




本当に映画が観たいらしく走る速度は緩めずにそのままマンションへと向かって行く背中が見えなくなるまで俺達はその場を動かなかった。




暗闇にドプンと飲み込まれ消えた彼女を確認する。




何か言葉を交わす事無く俺達は同時に足をフラリと動かして暗闇の中を突き進んだ。




「彼女とか出来たか?」





歩き出した空の歩幅に合わせながらも空のマンションに向かって足を動かす。





「まだ全然?そういう相手も見つかってねえよ?」



「ふーん?」



「そういうお前はお姉さんとはどうなんだ?相変わらずなのか?」



「相変わらずだな、高校の頃とそんなに変わらねえ」




同じ目的地に帰る事だけが大きく変わったがそれ以外に大きく何かが進展したわけでも無いし、まだ彼氏彼女な関係だし、それはまだ崩そうとも思えない。




色々まだ早いと思うから。




俺がもうちょっとしっかりしたらかな、なんて密かに考えていたり。




「そっか。仲良くやってんなら良かった」



「うん、」




赤信号の横断歩道で足を互いに止める。




相変わらず俺の心配ばかりする兄貴は健在で、それが何だか嬉しかった。




一緒に居る時間が減ったけど弟の俺を気にかけてくれる優しい兄貴は変わらない。




目の前の信号が赤から青へと変わる。




暗闇に染まる中、渡って良いよと合図を送る。




俺達以外誰も居ないその場所を揃って二人、あちら側へと渡ろうとした時だった。




誰も、俺も、兄貴も、予想していなかった事が起きたのだ。




ここを渡り切って兄貴の家に行き、下らない話をするはずだった。ーーーーーーーーーなのに、それを奪う物体が暗闇の中ヌっと襲いかかってきた。




大きなトラックが信号無視でこちらに突っ込んでくるのがスローモーションで見える。




俺も兄貴も驚いて足がピタリと止まり地面に縫い付けられる。ヘッドライトが眩しくて運転席の主がどんな状態なのかは分からなかった。




明らかに赤だったそこを突っ込んできたのだ、きっと居眠りでもしていたんだろう。




そんな事を他人事のように思っている間に兄貴が俺の体を庇うように抱きしめた。





トラックが耳をつんざくような音を鳴らし急ブレーキをかけたけど、間に合わぬ速度でこちらに迫ってくる。




少し離れた場所に設置されている時計台が見える。




時刻は夜の11時30分。




ヘッドライトの眩しさに俺は固く瞳を閉じた。




――――――――――――――――。

――――――――――――――。

―――――――――。










酷く頭が痛かった。けれど何かに激突された痛みとは大分違う、言うなれば二日酔いに近い鈍痛と吐き気。






「………」



「………」





苦しいくらい強く抱きしめられたまま、いつまで経っても襲ってこない痛みに俺はフっと瞳を開いた。





変わらぬ闇が支配するその中で青信号がチカチカと点滅しているのが目に止まる。




少し離れた場所に設置されていた時計台の針がカチンと動き時刻が11時31分へと静かに時を動かす。




空が俺の体をソっと離し、目を見開いたままある一点を捕えていた。鈍く痛む頭に片手を滑らせると俺と同じように空が自分の額に手を滑らせて眉間にシワを寄せる。




空の捕らえるある一点を追いかけるとたった今まで俺達に襲いかかって来ていた大きなトラックの姿が忽然と消えていた。





暗闇の中眩しいヘッドライトを灯していたトラックがどこにも無い。




後方にも、俺達を避けてコンクリートの壁にぶつかった形跡も何一つ無い。




信号機が青から赤へと変わるが俺達は車も人も居ない横断歩道の真ん中で呆然と立ち尽くしたまま声が出なかった。




どういう、事だ。




時間をかけてゆっくりと辺りを見渡す。けれどやっぱりトラックはどこにも無い。酷い鈍痛と吐き気も徐々に徐々に消えてきた。いったい何の痛みだったのか。




たった今、俺達に突っ込んできて、だってあれは避けられるような速度じゃなくて、だって、だって、だって、どうして?




「…兄貴、」



「……」





答えを求めるように久しぶりに兄貴と呼んだ。きっと縋るような弟の表情だったに違いない。




でも空も空で状況は全く理解出来ないらしく、緩く頭を振ったまま俺の腕を引き、とりあえずと横断歩道の真ん中から歩道へと移動して足を止める。




これはもしや不思議体験的なものなのか?トラックが異世界に飛んで行った的なテレビに出れちゃうレベルの驚き体験なのかもしれない。




とりあえず驚くほど心臓が痛かった。今更ながら恐怖に支配される。危うく全て失うところだった。あいつの泣く顔は見たくない。




「どう、なってるんだよ。俺、夢見てる?」



「いや、俺も良く分かんねえ。」



「なあ、俺達もしかしてテレビに出れるようなびっくり体験したんじゃね?」



「それかここが天国か」



「……」





言われてみればそれも一理あるのかもしれないと思ったらゾっとして慌てて空の頬を両手でびろーんと伸ばしてやった。




「いてえ」




良かった、どうやら痛みはあるらしい。恐ろしい事言うんじゃねえよ。





「いやいやさすがに天国じゃねえだろ。どう見たってビックリ体験だろ…そ、そうだよな?」




そんな事を言われたら不安になってきたじゃねえか。




俺は慌ててズボンのポケットから携帯を取り出して画面に指を這わせて生きてる事を彼女に確認してもらおうとボタンを押す、が、何度押しても真っ暗な画面に光が灯る事は無かった。




ここにきてどうやら充電が切れたらしい。何てタイミングの悪さ。





「お、俺生きてるよな!生きてるよな!」



「…生きてる、と思いてえ」



「恐ろしい事言うなよ!バカか!ど、どうすんだよこんな不安になってきて、だ、誰かに確認してもらおうぜ。そ、そそそうだ宮根とか!近くに居るだろあいつ」




丁度良くここから馴染みの交番が近くにある。丁度良いやと俺は兄貴のマンションに向かう前に宮根の居る交番へと足を向けた。




兄貴も兄貴で面倒くさい事は嫌いだがびっくり体験からまだ覚めていないらしく俺に素直に従って後方を着いてくる。歩きながらも何度も自分の頬をつねってみる、やっぱり酷く痛かった。




きっと天国じゃない、絶対違う。だって痛いから。




そう思いながらも暗闇の中、ポツリと光が灯る交番に視線を止める。





相変わらず宮根はまた忙しく走り回っているに違いない、居ればいいけどと願いを込めて交番の扉をカラカラと開き兄貴と共に顔を覗かせた。




しかしタイミングの悪い事に宮根の姿は無く、代わりに見知らぬ警察が1人暇そうにパイプ椅子に腰かけて居た。




顔を覗かせた俺達についっと顔を上げた警察が「どうしました?」優しい声色で問いかける。




「あの、宮根…さんはいらっしゃいますか?」




兄貴が俺を押し退けて宮根の事を窺う。こういう時は兄貴の方が対応が上手いから任せておこうと俺は一歩後ろへと後退した。




数秒の沈黙、警察は何やら考えるような表情だった。




「宮根さん?いや、ここには居ないけど」



「見回りですか?」



「見回り…と言うよりは宮根さんと言う警察は居ないよ?誰か知り合いですか?」



「居ない?」




空が俺に視線を滑らせる、俺も肩をすくめて頭を振った。




「居ないって、あいつどこかに飛ばされたのか?」



「え?いやいや違いますよ。ここの交番に僕は暫く勤務してますけど宮根さんと言う警察はこの場で働いていた事はありませんけど、たぶんどこかの交番と間違ってるんじゃないかなあ。お調べしましょうか?」



「ちょっと待てよ!そんなわけねえだろ!俺達だってあいつが長年ここで勤務してた事知ってますけど!お前あれか、宮根の事嫌いな先輩とかそんな感じだろ!なんつうひでえ嘘つくんだよ」



「え?あ、違います違います。落ち着いてください」





だっておかしいだろ、宮根がここに居た事を俺達は良く知ってるし、たまたまこの間仕事帰りに会った時も当たり前のようにここに居た姿を俺は見てる。




なのに居た事が無いなんて何だその笑えねえ冗談は。




「えっと、少しお待ちくださいね?宮根…何さんですか?」



「いえ、結構です。すいません間違いました。場所を思い出したので大丈夫です。」



「そ、そら?」



「いいから行くぞ」





まだ訳の分からない事を言う警察に再び食ってかかってやろうとした俺の腕を空が少々乱暴に掴み交番の中から引きずり出した。




後ろ手でピシャリと交番のドアを閉めた空の横顔は蒼白だ。




「何で言い返さねえんだよ」



「…翼、俺の顔をぶん殴ってくれ」



「何で、どうしたんだよ」



「いいから早く」




言われたからと言ってぶん殴る事はさすがに出来ないので軽くピシャリと叩いてやると空は何か思い出したように「行くぞ」暗闇の中スタスタとその足を速め歩き出した。





向かう方向はどうやら俺達の実家のようだった。




今度はいったい何だって言うんだ。




「おい、家に行くのか?」



「そうだ、」



「何だよ、どうしたんだよ?」



「良いから……、良いから着いてこい」





何をそんなに焦ってるのか、空は珍しく早足で真っ直ぐ真っ直ぐ家に向かって暗闇の中を突き進んでいく。




その速さに俺は時折小走りになって背中を追いかけて、また引き離され追いかけてを繰り返しながらも突然。




「いてっ」




家に着く間際でふいに足を止めた空の背中に勢いよくドンと顔面からぶつかった。




おいおいお兄ちゃん、鼻が痛いんですけど。鼻血出そうなんですけど。




「もう、さっきからいったい……」




足をピタリと止めた空の後方から先をソっと確認してみた。




特に何も変わらない我が家がそこにーーーーーーーーーーーーーーーーーー無かったのだ。







空の肩越しから覗いたそこに、いつもあった我が家どころか家すら建ってはいなかった。




「……」



「……」




地獄だと思った。




ここは天国じゃなくてきっと地獄なんだと、そう思って両手で頭を抱えてその場にゆっくりとしゃがみ込む。何が起きているのか全く理解が出来ない。




そこに我が家が無い意味が分からない。




雑草で荒れたただの土地があるだけで、見慣れた温かい家は最初から存在していないみたいに見える。





「あに、あにきっ」



「……」



「あにきっ!あに、兄貴っ!!」



「……」





呼ぶ俺に空はゆっくりとこちらに振り返り目線を合わせるようにしゃがみ込み俺の両手を握りしめてブンブンと頭を振った。




「何が起こってるんだ、俺達本当に…」




死んじゃったのか?




「さっき…交番に行った時、今…何年か見たか?カレンダー貼ってあったろ」



「み、見てねえよ」



「……びっくり体験だ、まじで」




兄貴が俺の両手を掴み吐息を吐く。




「今…」




と、兄貴が恐ろしい答えを出そうとしたその時だった。




「あの、大丈夫…ですか?」




俺達の隣から突然ダラっと間延びした声がかかり双子揃ってびくり、肩を上げ声のした方へと顔を向けて硬直する。




街灯が無くて良かったと思った。




薄暗い闇の道で本当に良かったと心から思った。




しゃがみ込む俺達双子を心配し、声をかけた男の姿が暗闇の中、慣れた目に焼き付いて離れない。





俺達を覗き込むように体を屈めジーとこちらを見てくる制服姿のその男は空に、俺に、顔が良く良く似ていたからだ。




「えと、具合悪いなら救急車でも呼びましょうか?」





言葉をかけてくる俺達の顔にそっくりな学生がいったい誰なのか嫌でも分かってしまった。





分かりたくは無いし信じられないけどすぐに誰なのか分かってしまい、空の手をぎゅううう強く掴み唇を噛む。




頭の片隅から記憶をぐんっと引っ張り戻す。家にあったアルバムの中で親父の高校時代の写真を見た事がある。




その姿にそっくりな男がクリーム色の緩いパーマがかった髪を揺らし、ジっとこちらを見つめている。




そっくりさんであれば良いなと思ったけど、きっと違うだろう。信じられないけど、今起きているこれは現実だろう。




出来れば気のせいで終わって欲しい、そんな儚い願いはガラガラと崩れ去る、呆気なく。




「海(かい)どしたの」



「おう、瑠伽(るか)。いや?この人達しゃがみ込んでるから平気かなーって声かけてたところ」





後方からもう1人の人間がやってきた。黒髪のやけに整った顔立ちの男だった。




その男が呼んだ名は、紛れも無く俺達の親父の名前だったのだ。全く同じ名前だった。




頭に浮かぶアルバムの中の若い親父と目の前にいる学生が一致する。名前も同じ顔も姿も何もかも。





口を開くーーーが、声が出ない、驚きすぎて。




頬をつねる事すら忘れてた。




「…っ」




開いた口からヒュっと喉を鳴らすような情けない音が出た。




えと、親父が居て、でも親父は高校生で俺達より年下で、えと、えっと、えっとえっと、どういう事?





これっていったいどういう事だよ。

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