第33話

一度大きく深呼吸してから、俺は大声をあげる。


「前借り、の“ま”はまつげのまぁ!前借り、の“え”は、えんぴつのえぇ!」


 いい加減な歌をホール中に響かせて、俺の存在をアピールする。


 前借りを臭わせて、どうでもいい日常をTに押しつける。


「たっちゃんっ!お願いお金かして~」


 ワントーン高い俺の声がTの意識に届いて、目を閉じたままの彼女は、無言のまま涙を流した。



 破かれた服。


 痣だらけの肌。腫れた顔。


 チアノーゼみたいに紫に冷えた唇。



 少し離れた場所に落ちる、貰い物のピアス一つ。




 一つ一つを確認しながら、俺はいつもの“天馬”を演じる。


「たっちゃん、怪我してる~!救急車呼ぶ!?」


 細い手首が伸びてきて、俺のズボンの裾を掴んだ。


「救急車…いい」





 くやしいけど。





    その後を八嶋に引き継いだ。





  結局俺はT に何もできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る